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お茶の水女子大学大学院人間文化研究科教授、学術博士
内田 伸子さん
(千葉県市川市)

【略歴】沼田女子高校、お茶の水女子大卒、同大大学院修了。専門は発達心理学。同大子ども発達教育研究センター長。著書は「発達心理学」(岩波書店)「子どもの文章」(東京大学出版会)など多数。

3歳児神話・その2



◎明日の社会をつくる宝

 子育て中の親たちにそっとささやかれる「三歳児神話」。“三歳以下の子どもが毎日、母親から昼間分離されると心の発達に深刻な影響が出る”という言説が、母親たちをおびえさせる。「三歳児神話」を支持する証拠は本当にあるのか? 発達心理学の領域では保育所に預けられた子どもと家で育てられた子どもの育ちを比較することによって母親の就労による影響を検討する研究が多くなされている。これらの知見を概観してみると、就労の有無が子どもの発達にとって望ましくない影響をもたらすという証拠は見あたらない。また、三歳前の乳幼児が母親から分離されることの影響を検討した研究知見には「三歳児神話」を支持する証拠は見あたらなかった。

 子どもの発達に影響を与えるのは母親の子育ての時間の長さではなく、母親が子どもと過ごす時間の中身の方こそが問題なのである。アメリカのデータでは、社会経済層の低い家庭の場合は、保育所育ちの子どもの方が知力や社会性などの発育が進んでいる。家庭でほっておかれるよりも、保育所ではきちんと食事も用意され、よい世話を受ける可能性が高いためである。保育所には絵本やおもちゃなどの教育資源も豊かである。家庭児よりもたくさん歩くし、はさみやクレヨンを使うなど運動発達を促すような機会がふんだんに用意されている。食事、おやつ、昼寝の時間が決められているため、睡眠と覚醒(せい)、生活リズムもつくられやすいのである。

 親の子育てのスタイルは「良いか悪いか」という尺度では測れない。むしろ夫婦関係や育児支援を受けられる環境におかれているかどうかによって子どもの発達は左右される。従って母親の就労の影響を論じるときには、単に母親と子どもの関係だけではなく、夫婦の関係や家族の視点を取り入れることが不可欠だ。乳飲み子を抱えた母親一人できりきり舞いしているのを父親がどれくらいサポートしてくれたかは将来の夫婦関係にも影響を与える。母親に代わる養育者として祖母の存在は大きい。保育サービスの支援も重要である。

 母親が仕事で毎日家を空けることにおびえや後ろめたさを感じることはない。母親は子どもとすごす時間の質を改善することに配慮すべきである。何よりも母親が自分の役割に満足していることが重要である。このことが、次には子どもとの好ましい関係へとつながるであろうから。

 改善すべきことは次の三点。

 ・母親が楽しんで子育てするためには社会全体の育児機能の高揚をはかること。

 ・母親の働き方に柔軟に対応できる保育や子育て支援のしくみをつくること。

 ・保育の場では質の高い保育が行われること。

 この三つの実現に向けて、いくら私たちがコストをかけたとしても、将来の文化を担う人たちの十分な発達によって得られる私たちの文化・社会は、支払ったコストを帳消しにしても余りあるほどの、大きな恩恵を受けるに違いない。

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 「3歳児神話・その1」は4月7日付に掲載しています。

(上毛新聞 2003年4月26日掲載)