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前橋工科大教授 樫野 紀元さん(さいたま市高鼻町)

【略歴】大阪府生まれ。東京大工学部助手を経て、国土交通省建築研究所入所。同研究部長を務め、2001年4月から前橋工科大工学研究科教授。著書に「日本の住宅を救え」などがある。

一つの建築思想



◎計画練り念入りに施工

 モリスは「建築は人の世をあるが如(ごと)くにあらしめる、神秘と法則との実在的表現である」と言っています。ヴァレリーは「建築は人の生存が内に含むさまざまな意図や創意や知識や力の和を、一望のもとに示してくれる」と言っています。

 建築は、それを造る人の精神が発露するものである。これは建築が有する本質と思われます。他方、アランは「建築は、すべての(人の精神に影響を与える)芸術の師匠であり、父である」と言っています。建築の空間が居住者の気質や感性に影響を及ぼす、と言っているのです。

 いずれにしても、建築を造る際には心を込めることが肝要です。あと少し計画を練れば、さらに良い空間にできるという時でも、あと少し念入りに工事をすれば、よりきちんとした建築になるという時でも、業者とのやり取りや予算の執行上の不手際などに起因する妥協によって、その空間が何の効果ももたらさない建築になっているという例は数多くあります。

 以前、建築はどのような事由で解体されているか、東京や大阪などの大都市圏で調査したことがあります。もっとも多いのは、市街地の再開発や土地の用途制の変更など、都市計画に起因するものでした。次が、使い勝手が悪い、軽薄で感じが悪い、収容物や収容人員の変更に対応できない、外観を一新したいなどの事由でした。ひび割れがあちこちに発生した、雨漏りがひどくなったなど、耐久性による解体例は意外に少数でした。

 建築は都市計画上の問題を除けば、きちんと造られていない、外観が奇抜で使い勝手が悪い、すなわち普遍性がない建築は長期にわたって耐用できるものにはならない、といえそうです。

 少子高齢化が進む社会では、生産性の低下や購買意欲の減退傾向が見られますし、経済の低成長路線の継続下(経済が一部破たんの状態)では、投資意欲の減退傾向があることは否めません。地球環境の保全の上から資源エネルギーの浪費は許されません。また、解体による廃棄物の大量排出を大幅に抑制しなければなりません。建築は都市の基盤ともなし得る社会資産として、長期耐用型とすることが求められています。

 ベーコンは彼の『建築思想』で、「建築の立地条件その他で完全なものはない。多くを望み得ないところを十分に工夫し、オアシスとしての空間を備えることが肝要」と言っています。

 疑った造りにする必要は、さらさらありません。ことさら高い材料を導入することもありません。十分に計画を練り、念入りに施工する、この姿勢が基本と思います。

 建築は良い人材、良い環境、良い社会を造る基です。町や地域、ひいては国を造る基でもあります。広い視点でとらえるなら、建築は、どういう国にするかを考えた上で造ることが肝要と考えます。

 建築に携わる人は、こうした原点に常に立ち返って仕事を進めてもらいたいものです。

(上毛新聞 2003年8月13日掲載)