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林野庁林政課管理官 井上 康之さん(千葉市稲毛区天台)

【略歴】九州大学農学部卒。1987年、林野庁に入庁。北海道夕張営林署担当区主任、JICA専門家としてタイ王室林野局勤務。2001年4月から今年3月まで利根沼田森林管理署長。4月から現職。

ウッドマイルズ



◎上流域の木を使おう

 先日、暇つぶしに千葉の住宅展示場に立ち寄った。国産材の家とうたう地元の工務店の施設に入り、ためしに「利根川上流の群馬県の木を使いたいのだけれど」と言ってみたが、木材が手に入らないなどと良い答えは返ってこなかった。

 最近「ウッドマイルズ」という考えが示されている。英国で提唱された「フード・マイレージ」を応用したものだ。木材(ウッド)あるいは食品(フード)が消費者に届くまでの間に費やされたエネルギーを数値にして表したものである。国産の物を使えばこの数値は低く、輸入物を使えば高くなる。

 例えば家を建てるとき、近くの山で育った木を使えば、その家のために使われた総体の木のウッドマイルズは非常に低い。輸送に無駄なエネルギーを使っていないので、それだけ「地球にやさしい家」というわけだ。消費者が地元の林業、木材産業に貢献している証しにもなり、地元の活性化にも一役買っていることにもなる。

 私は、これに「水のつながり」を加味する必要があると考える。例えば、千葉など、利根川下流域に住んでいる人は、群馬などの利根川上流域からとれた木を使うべきだ。破壊的な伐採をしない限り、木を使うことによって山(特に人工林)は整備され、森林が持つ最も重要な機能とされる「水源かん養機能(水を蓄える能力)」は向上する。下流域に住む人は、山で蓄えられた水を使っているので、上流域の木を使うことは自分たちの生活を支えることにつながる。

 最近、利根沼田に、森林に関連する二つの任意団体が発足した。

 一つは、水上を拠点とする「森林塾青水(せいすい)」である。地元の木工家、林業関係者、東京や千葉の自然愛好家らがメンバーになっている。合言葉は「飲水思源(いんすいしげん)」。水を飲むとき、その源、すなわち山の上流域を思うべしという中国の諺(ことわざ)だそうだ。活動フィールドに水上を選んだのは、首都圏の水がめとされる利根川の源流域だからだ。地元の旅館に泊まって、地元の文化を学び、山と木を上手に使うことを考えている。

 もう一つは、川場を本拠地とする「利根川上下流連携支援センター」である。以前この欄でも紹介したが、森林環境教育、森林ボランティアにかかわる活動を支援し、これらを通じて地域材の利用促進を図ろうとするものである。森林をテーマにした教育を企画したい、山を整備する活動をしてみたいという人たちの「駆け込み寺」を目指している。これを契機に利根沼田の木を使おうという機運が下流域に広がれば、利根川を介して上下流の経済関係ができあがるわけである。

 幸い、今私が住んでいる千葉県は、生活水の多くを利根川に頼っている。子供たちにも蛇口から出る水を飲むたび、源流である群馬県の山を思う気持ちを教えていきたいと思う。源流の山を育てる気持ちが広がり、下流域の工務店や施主たちが上流域の木を率先して使うときが来ることを心から期待する。

(上毛新聞 2003年8月20日掲載)