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林野庁林政課管理官 井上 康之さん(千葉市稲毛区天台)

【略歴】九州大学農学部卒。1987年、林野庁に入庁。北海道夕張営林署担当区主任、JICA専門家としてタイ王室林野局勤務。2001年4月から今年3月まで利根沼田森林管理署長。4月から現職。

感動の素



◎自然の中に飛び込もう

 現在、林野庁で人事に関する仕事をしており、先ごろ、来年度の新規採用者を決定(内々定)する事務を担当した。

 景気低迷のせいか民間の採用は厳しく、公務員を目指す学生は増えてきているようである。学生にとってみれば、一次試験、二次試験、官庁訪問、面接と、かなりハードなスケジュールであったに違いない。

 面接官は、限られた時間の中で次々と質問をあびせ、人となりを瞬時に判断し、できるだけ優秀な学生を採ろうと目を光らせている。これに応対する学生も大したもので、「大学での専門は」「部活は」「これらの活動で得たものは」などという問いには、待ってましたとばかりにとうとうと話し始める。

 ある面接官は、何人かの学生に対して(恐らく筋があると判断した場合であろう)、「最近感動したことは」と問いかけていた。これにはさすがにその人の一面が現れ、用意していた回答か、機転を利かせたものかが読み取れる。

 考えてみると、私自身、最近感動する機会に恵まれていない。毎日、自宅と役所の間を電車で往復し、与えられた仕事を粛々とこなすのみ。週末は、つかれた体を癒やしつつ、せいぜい家族で近くに買い物に出かける程度。半年前まで沼田に住んでいたときには、もっといろんな感動があったような気がする。

 朝起きて庭の草木を見て回った。何げなく咲いているツユクサやドクダミのかれんな花を摘み、子供と押し花をして楽しんだ。秋には、庭の芝生に奇妙なキノコが出ているのを見つけ、職場の仲間と調べたところ食用のキノコだとわかり、味噌(みそ)汁にして食べたこともあった。

 週末は家族で山に出かけた。玉原のブナ林にはいろんな発見があった。木に残っているセミの抜け殻、ブナの幹に残されたクマのつめ跡、猛毒を持つとされるトリカブトの花。ミネラル分豊かな土壌からわき出している「ブナの水」はのどを冷たく潤わせてくれた。人目を盗んで木に子供を登らせたこともあった。自然は「感動の素(もと)」をたくさん蓄えている。

 最近、子供たちが無関心になっていると聞く。コンピューター・ゲームなどのバーチャルな世界では、本物の感動は生まれてこないような気がしてならない。これが、以前には考えられなかったような突拍子もない犯罪につながっているのではないだろうか。親と子のふれあいも失われていくであろう。

 親子で自然の中に飛び込み、新たなものを発見するように努めよう。親が感動しなければ子供も無関心になってしまう。自然はわれわれの生活を豊かにし、人に対する思いやりをも教えてくれることだろう。

(上毛新聞 2003年9月26日掲載)