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日本児童文学者協会理事長 木暮 正夫さん(東京都東久留米市)

【略歴】1939年、前橋市生まれ、前橋商業高校卒。『また七ぎつね自転車にのる』で赤い鳥文学賞受賞。郷里に題材を得た作品に『時計は生きていた』『焼きまんじゅう屋一代記』『きつねの九郎治』などがある。

水稲の「不良」



◎食と農に対する警告

 さわやかな秋空を見上げていると、手紙の書き出しに『天高く馬肥ゆる候』のフレーズを使いたくなる。余談ながらこの名句、「食欲の秋」の同義語ではない。中国の北方には匈奴(きょうど)という騎馬民族がいて、秋になるとその軍団が太った馬を駆って侵入をはかった。それを用心する一種の警句である。

 それはさておき、『味覚の秋・食欲の秋』たけなわ。“秋”の語源は一説に、「いろんな食べものをあきあきするほど食べられるから」という。あながち、こじつけではないだろう。だが、今秋は冷夏の影響か、サンマが豊漁で安値だった以外、朗報を耳にしない。期待のマツタケは秋口の残暑で不作とのこと。

 深刻なのはコメだ。農水省が九月二十六日に発表した水稲の作況指数は全国平均“九二”の「不良」である。三十三都府県が“九五―九八”の「やや不良」で、群馬もこの中に入っているが、北海道、青森、岩手、宮城の四道県は「著しい不良」。とり分け、青森は“七一”だ。

 全国平均の作況が“九四”以下の「不良」になるのは、戦後七回目である。今年の収量は七百八十五万トンと予想され、年間需要量を八十五万トンも下回っている。いわゆる備蓄米の政府在庫が百五十万トン程度あるため、十年前のコメ不足にはならないというものの、既に銘柄米はジリジリ値を上げているし、収穫したばかりの籾(もみ)米の盗難が各地で続発している。

 私たちの日本は古来から“みずほ”の国。稲作の文化と、ごはんを中心にした“和の食”によって、心もからだも育てられてきた。私はコメの一消費者だが、白いごはんをいただける喜びと感謝の念を忘れたことがない。

 若い人たちの中には、「コメが足りなければ、外国から輸入すればいい。コメがなくても、パンやピザやスパゲティもある」という人が少なくないが、二十一世紀の食糧事情を地球レベルで見てほしい。穀物の輸出国がこのままいつまでも輸出国であり続ける保証は、どこにもないのだ。また、日本が工業輸出で外貨をかせげる時代が、この先数十年も続くとは思えない。

 いつの時代であれ、国の基(もとい)は農業である。日本においては稲作がその基幹。野菜の生産や畜産が脇を固めているが、コメ以外の自給率は低い。スーパーの野菜や果物の産地はと見れば、さながら“世界博覧会”ではないか。自給率の高いコメにしても、「著しい不良」が来年も続けば、政府在庫はゼロ以下になってしまう。

 これは、ごはんを中心にした“和の食”の危機だ。戦後の食生活は和洋のバランスが洋に傾いてきた。その結果、子どもたちがアトピー性皮膚炎になったり、糖尿病にかかったりしている。私が子どものころには見られなかった現象である。粗食のよさも見直すべきではないだろうか。

 今年の水稲の「不良」は、食と農に対する私たち消費者の思いの至らなさや、感謝の心を忘れかけていることへの警告のように思えてならない。

(上毛新聞 2003年10月10日掲載)