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東京大学社会科学研究所教授 大沢 真理さん(東京都文京区)

【略歴】渋川市生まれ。東京大経済学部卒。ジェンダー(文化的、社会的に形成される性差)問題の第一人者で、内閣の男女共同参画審議会委員などを歴任。現在、東京大社会科学研究所教授。

年金改革



◎働き方の選択に中立的

 厚生労働省は、十一月十七日に年金制度改正に関する案(以下、厚労省案)を提出した。私は二○○二年一月から同省の社会保障審議会年金部会の委員であるが、やや客観的に厚労省案を眺めると、「働き方の選択に対する中立性」が基本理念となっている点が注目される。

 厚労省案は、「改正の基本的考え方」として、つぎの二点を掲げる。(1)社会経済と調和した持続可能な制度と制度に対する信頼の確保(2)多様な生き方、働き方に対応し、より多くの者が能力を発揮できる社会につながる制度。

 このうち(2)が「生き方、働き方の選択に対する中立性」を含む。この問題は、従来は「女性と年金」の問題として付随的に扱われてきたが、今回は改革全体の「基本的考え方」とされた。一九九五年に北京で開催された第四回世界女性会議では、あらゆる政策や施策において立案段階から女性と男性それぞれにたいする効果を分析することなどを通じて、男女平等の視点を反映させる必要が、「ジェンダー(平等視点)の主流化」として強調された。日本の年金改革で、その主流化が確実に起こっていることを、今回の厚労省案は示している。

 年金改革の具体論では、なにが重要か。第一のポイントは、「保険料固定方式」である。保険料水準の上限を法律で定め、それで賄える範囲内で給付をおこなうことが、その基本となる。保険料率の上限を二○二二年度の20%とする場合、将来の(二○三二年度以降)の給付水準が、現役時の手取り賃金の55%程度と見込まれている(現行水準は59%)。

 しかし、この55%という数字は、「夫片稼ぎ」世帯(厚生年金に夫四十年加入、妻○年)のものである。夫婦とも四十年厚生年金に加入した「夫婦共稼ぎ」世帯では、すでに現行の給付水準が46%であり、改正後は43%になってしまう。ここから、妻の厚生年金加入年数が長いほど給付水準が低いこと、提案されている改革によっても、その構造が変化しないことが明らかだ。働き方の選択に対する中立性という「年金改革の基本的考え方」にてらして、問題ではないだろうか。

 第二に、サラリーマンの専業主婦(年収百三十万円未満)が、保険料を納めずに基礎年金を受けられる第3号被保険者制度については、見直しを志向している。第三に、パート労働者に対する厚生年金の適用拡大、離婚の際に当事者の合意による「年金権の分割」などが、盛り込まれた。

 部会委員として私は、スウェーデン方式のように所得比例構造に一本化し、夫婦間の年金分割を導入したうえで、低・無所得者に税財源の無拠出制の給付を設けることを主張した。しかし、現状では雇用者以外(自営業者、無職者)の所得把握が困難であるなどの理由で、二○○四年改正の案としては採用されていない。広く国民的な議論が盛り上がることが期待される。

(上毛新聞 2003年11月23日掲載)