視点 オピニオン21
 ■raijinトップ ■上毛新聞ニュース 
高崎商科大学教授 硲 宗夫さん(神奈川県横浜市)

【略歴】大阪大大学院修了。毎日新聞記者に。経済畑を歩き、編集委員室長。定年後に経済経営評論家。和歌山大経済学部教授を経て2001年から現職。著書に『悲しい目をした男 松下幸之助』など多数。

「美しい群馬」への期待



◎カギは「知の連携」だ

 私の研究室の眺めは素晴らしい。遠景に赤城と榛名が広がっている。子供のころ、軍艦の名前で覚えた名山である。目の前に利根川支流の烏川。浅瀬を急ぐ水流は白く光る。連山と川面の間をよぎるのが新幹線である。軽快に疾駆する姿が素す敵てきだ。廊下側の広間に出ると浅間山が見え、夕日のシルエットはひときわ映える。わが国初のカラー映画『カルメン故郷に帰る』の中で、小学校校長に扮ふんする笠智衆が浅間山を賛美する場面を思い出す。

 二〇〇一年の春、私は群馬に赴任して美しい景観に出会い、胸躍る日々が続く。高崎駅から大学に通う単線の鉄道を心細く感じたのは初めだけ。桑の木が往時の盛業をしのばせる沿線風景に魅せられ、いまや希少価値となった単線鉄道の全国連合を結成して<日本の原風景を訪ねる旅のネットワークを結成してはどうか>と、プランを練るようになった。

 群馬の広々とした空、素晴らしい山々、森、水、人の姿に感動して、笠智衆のおおぎょうな演技を実感として受け取っている。

 研究室の壁に農業と関係の深いK社のポスターを張った。紅葉と常緑樹が交錯した山容と、それが湖面に映るカラフルな景観を背景に「美しい日本をつくろう」と訴えている。群馬に「美しい日本」の原型を発見した鮮烈な思いを、私はそのポスターに託している。

 群馬の人びとは、昔からの日常的な風景に感動する“人種”の存在に、少々驚いている風情もあるが、私は「恵まれた環境の当人も驚いてほしい」といっている。本邦のど真ん中で、東京に近くて少し離れた“地の利”は、内外の美の探索者を誘う絶大な力を秘めている。その好位置に凝縮された「日本の美」が息づいているとはなんと幸運なことか。

 さあ、二十一世紀の課題に移ろう。自然も人も荒れた旧式な工業化社会は解体され、次代の生きがい路線のコンセプトは「美感遊創」といわれる。国家・社会を改造する構造改革の本質はココロの豊かさを実現することでなくてはならない。日本の将来を考えるとき、汚濁した環境から心身ともに健康な人材は育ちにくく、美しい自然と人文の環境からこそ二十一世紀を支える人材が育っていく、との確信が深まる。不易の常識といえるだろう。次々と露呈される腐敗と汚辱の不祥事は腹立たしく、世直しへの願いは切実である。

 「美しい日本」の再構築が日本を救う。それをリードしていける群馬に、誇りと責任が生じる、と考えるのは自然な発想だろう。

 「美しい群馬」をもっと美しくしたい。暮らしを支える「美しい経済・産業」を開発していきたい。高度情報化の「知恵の世紀」が訪れ、条件は整ってきた。“拡東京”の地政学にもうまく乗ることにしよう。大戦後の混乱期に、日本人のココロの復興を先導した『ここに泉あり』の実話は、群馬の大地に根をおろしたチャレンジ精神のDNAを見事に証明している。未来志向の可能性に満ちた地域の、前進のカギは「知の連携」である。

(上毛新聞 2003年11月27日掲載)