視点 オピニオン21
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日本精密測器会長 清水 宏紀さん(高崎市下豊岡町)

【略歴】高崎高、群馬大工学部卒。1963年に日本ビクター入社、オーディオ事業部前橋工場長、常務取締役、専務取締役AVマルチメディアカンパニー社長などを歴任。タムラ製作所取締役。昨年6月から現職。

音楽と感動と涙



◎大切な深い思い入れ

 仕事の延長線上でビデオ映画の審査委員に加わった。椎名誠さん、羽仁進さん、大林宣彦さんたちと一緒である。毎年二千五百本もの作品が全世界から寄せられる。その中から優秀作品を選定する大変な仕事である。印象に残る数多くの作品があったが、その一つに「駱らくだ駝の涙」というタイトルの付いた、次のようなビデオがあった。

 モンゴルのゴビ砂漠近くにすむラクダは、吹雪や砂嵐という厳しい環境の中で、六十キロを超える荷物を背負って百キロの道のりを平気で歩く。時には二カ月近くも飲まず食わずで生きられるたくましさがある。その一方でヒツジのような優しさもあり、モンゴルの人々にとってかけがえのない友達であり、家族のような存在である。

 そんな元気なラクダだが、お産は大変である。難産の末に母親が死んでしまうこともあり、母を失った子ラクダは乳を求めてさまよう。しかし、母ラクダは自分の子でないラクダには決して乳を与えない。近づくと足でけってしまう。さまよった子ラクダは一週間もたたずに死んでしまう。

 大切な子ラクダを死なせては大変だから、ゴビの村人は古くから伝わる儀式を行う。かわいそうな子ラクダのそばに、その子の母ではない一頭の母ラクダを連れてきて村人が取り囲む。やがて古老の音頭で胡弓が悲しい音楽を奏で、これに合わせて村人たちが歌い始める。

 じーっとこれを聴いていた母ラクダの目からハラハラと大粒の涙が流れ、子ラクダにすすんで乳を与える。これで儀式は終わり、新しい親子が誕生する。連れ立って草原や砂漠を駆ける姿は、見る人に深い感動を与える。

 前回のこの欄(昨年十一月十六日付)で述べたように、ラクダも心に琴線があり、耳から入った悲しい音楽が心で温められて琴線に触れ、何倍かに膨らんで感動の音色となり、目に涙を流させ、優しい気持ちにさせるのだろうか? ゴビの村人は長い歴史の中で、ラクダの心の琴線に触れる音楽を編み出したのだろうか?

 このように生き生きとした感動のビデオ映画も、実際の制作は大変である。この作者は現地に何度も何度も足を運んでチャンスに出合い、多くの村人の協力を得て撮影した。カメラを何台も使い、編集を重ねて作品を完成させた。大変な努力の成果であるが、何よりも大切なことは作者のゴビ、そしてモンゴルへの愛情であり、深い思い入れではないだろうか。

 さて、世はまさにデジタルテレビ時代に入った。放送局は巨費を投じて放送方式も設備も一新する。テレビもハイビジョン、多チャンネル化して大画面、薄型と大きく変わる。

 しかし、番組の中身(コンテンツ)が今までの延長では、技術革新も生きてこない。デジタル技術をフルに駆使して、今までの放送内容をはるかにしのぐ、人々の心の琴線を揺るがす感動のコンテンツを作ってこそ、テレビの技術革新も生きるのではなかろうか。感動のメカニズムを知ったプロが作る思い入れの番組によって、新放送文化をぜひ構築してほしい。

(上毛新聞 2004年1月22日掲載)