視点 オピニオン21
 ■raijinトップ ■上毛新聞ニュース 
関東学園大学助教授 高橋 進さん(足利市堀込町)

【略歴】東京学芸大卒。同大学院教育学研究科修士課程終了。日本体育学会、日本武道会などに所属。全日本柔道連盟専門委員で、谷亮子選手のトレーニングドクターを務めた。

学生と柔道



◎生きる力を海外で実感

 平成七年にフランス・パリ郊外のエソンヌ県へ。八年にはアメリカ・ハワイ州。九年にはイタリア・ウンブリア州シッジロ。十年にはイラン・ブーシェとイギリス・ロンドン。十三年三月にはオランダ・ナイメーヘン。同年八月にはハンガリー・パクシュとオランダ・アムステルダム。幸いにも、勤務している関東学園大学柔道部の学生とともに、海外へ赴く機会をいただけることは、喜びの極みである。

 海外経験をとおして、彼らは皆一様に輝く。私の身びいきも大いにあるが、海外で柔道経験を積む前とは断然の差。では、何が違うか。まさに文部科学省が《生きる力の涵養(かんよう)の必要性》を唱えているが、彼らは、その《生きる力》の必要性を海外で実感し、自らの手で目の前にある問題を解決しようとし始める。

 既述したとおり、平成十三年八月、ハンガリー・パクシュで開催されたアトムカップに関東学園大学柔道部一、二年生十三人を連れて参加した。この大会は、ハンガリー柔道連盟が主催し、ヨーロッパを中心に二十二カ国(ジュニア対象)が参加した地方レベルでは大規模な大会であった。また、試合後、練習会が設けられ、ヨーロッパ柔道を知る上でも非常によい機会であったことは言うまでもない。

 ところで、パクシュに到着し、練習会場に訪れたわが方の学生は、パソコン画面がフリーズしたかのごとく固まったまま。ハンガリーチームの選手や役員が、引っ切りなしに声を掛けてくれるのだが、貝のように口も閉ざされ、下を向いたままの状態。実は「しめしめ」と、私だけがほくそえむ。英語もろくにできない学生にとって、初めて経験する非常事態。ロッカールームでも静かに更衣を済ませ、「自信ありません」といった表情で練習を開始した。

 ところが、各国の選手たちが、その練習を食い入るように見始める。そのうちに、オーストリアの選手が寄って来るなり握手。カザフスタンの選手が表敬訪問。彼らは、日本柔道の注目度を肌で感じるとともに、同じ柔道の道を歩んでいるという連帯感が国境を超えて生まれ始める。練習初日が終わると、各国の選手間で言葉を超えたコミュニケーションが始まっていた。

 そして、試合も終わり、合宿に入るころには、Tシャツや柔道着の交換、あるいはメールアドレスの交換、はたまたホテルの外へ一緒に食事に行くといった光景が見られるようになる。日本人の国際感覚がうんぬんされていることが、まるでうそのように。

 何も教えなくとも、彼らは問題を解決し、自ら一歩前進する。帰国後もメールのやり取りや、文通を継続している学生もいる。もちろん英語で。もう、彼らの頭は垂れることもない。柔道をとおして、自己の生きる価値を再認識したと言っても過言ではあるまい。

(上毛新聞 2004年2月21日掲載)