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建築家・地域計画工房主宰 栗原 昭矩さん(伊勢崎市山王町)

【略歴】京都工芸繊維大住環境学科卒。横浜、前橋の設計事務所を経て、1998年独立。歴史的建物を生かした「地域づくり」や調査に取り組む。伊勢崎21市民会議座長などを歴任。NPO法人「街・建築・文化再生集団」理事。

黒羽根内科医院旧館(下)



◎まちの魅力伝える力に

 一昨年の秋、黒羽根内科医院旧館の曳ひき家イベント本番の日がやってきました。多方面の関係者等の理解と協力により、多くの課題も何とか解決していました。また、曳き家に合わせたイベント「Isesakiタウンぎゃらりー」は市民主体による伊勢崎市初の協働型イベントとなり、事前の打ち合わせにも熱が入りました。

 午前九時、伊勢崎市長の掛け声とともに、いよいよ曳き家作業が開始されました。事前作業で建物は約一メートル揚げ家され、移動用の線路の上に載せられています。通行止め後、敷設された道路上の線路の上でゆっくりと動き出す建物、漂う緊張感、休む間もなく足早に黙々と作業を進める曳き家作業員たち。次第に多くの人々が集まり、見学や各種イベントで街はにぎわいました。

 その日の作業は深夜にまで及びましたが、二日目には古い建物を大切にする気持ちを心に刻んでもらうため、子供たちによる曳き家体験等も行い、無事予定地まで到着しました。拍手が沸き立ち、このまちに新しいムーブメント(運動)が始まったことを多くの人々が実感した瞬間でした。

 現在、旧館は活用のための改修を待ち、街中にたたずんでいます。本年度は、まちづくりに生かしていきたいとする市民団体や商店会等が中心となり、活用検討会が開かれました。また、市主催の21市民会議においても地域遺産の活用の在り方が検討され、市街地活性化、まちの拠点・サロン、そして市民活動の拠点としての活用案が提案され、市民主体による運営委員会等の設立も目視されています。

 今、地方分権や合併論など、地域の将来像が模索されていますが、時代の変遷と現在の様相の中で、多くの地域は暗中模索している状態です。今回のイベントを体験してみた一つの手応えは、自分たちの身の回りに普通にあった古い建物、地域文化財が人々の心を引き付け、わがまち伊勢崎の魅力を伝える大きな発信力を持っていた、ということでした。

 この建物に出合うことで自分の人生をひもとき、記憶の一ページをよみがえらせる人たちから、時が創つくり出す建物の風格と当時の人々のメッセージに魅力を感じる人たちまで、多くの人々を引き付ける力が、そこには潜んでいました。地域の歴史性を再認識し、地域文化財を生かすことの大切さを確信できた今回の体験は、今後の地域の将来像の模索においても、一つの方向性を示唆しているように思われます。

 また、市民団体等により主催された協働型イベントの実現は、新たなまちづくりの可能性を示唆し、その後も幾つかの協働型イベントが街中で開催されるなど、まさにそれぞれの役割を担い、お互いが自立した市民として支え合える、成熟した市民社会実現のための糸口になったと思われます。

 人々が地域での暮らしの証しとして、地域文化財を生かそうという意思を持って今後の地域を見つめるか否か、地域の人々の眼力が問われています。

(上毛新聞 2004年2月24日掲載)