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建築家・法政大学教授 渡辺 真理さん(東京都港区)

【略歴】前橋高、京都大卒、同大大学院、ハーバード大大学院修了。設計組織ADH代表。法政大工学部建築学科教授。JIA日本建築家協会新人賞受賞。著書に『孤の集住体』(木下庸子氏と共著)。

核家族から非核家族へ



◎LDKでない尺度を

 わが国には住まいの広さを伝える便利な表現がある。部屋の広さは八畳とか四畳半というように畳の枚数で呼ぶことで、お互いの共通理解が生まれる。「ぼくたちが若かったころは六畳間の勉強部屋でもうらやましかったけれど、今日では一般的な住まいでも十五畳のリビングルームはまれではなくなったから、日本社会の経済的な発展は住まいに確実に反映されていることになる」などと簡単に議論ができるのも、「畳」という便利な尺度のおかげなのである。

 住まい全体については2DKとか3LDKということで、およその広さが分かる。これも便利だ。一般にnLDKといわれるこの表記は、公団住宅で発明されたことになっている。団地の住まいの記号は、プレハブ住宅など一戸建ての住まいにも応用され、いつの間にか日本中の住宅展示場やマンションのモデルルームで1LDKや4LDKという表現が幅を利かすようになった。nLDKのnが寝室あるいは私室(プライベートルーム)の数を示すことは誰もが知っていることだが、そこには部屋数だけで部屋の広さがきちんと示されていない。ホモジーニアス(均質)な日本社会では、3LDKといえばおよそ七十―八十平方メートルの住まいのことと決まっているから、それで十分に広さが分かる仕組みになっていたのである。法制度もそれを支援していた。

 ところが、しばらく前から、nLDKでは具合が悪いということがそこかしこで言われるようになった。それまでは住まいの設計の便利な物差しだったnLDKが、どうやら逆に足かせになっているようなのである。どうしてなのだろうか、といろいろ調べて分かったことがある。nLDKは戦後に核家族世帯のために生み出された住まいの形式だったのである。夫婦と子供二人の住まいとしては3LDKはぴったりだったのだが、あまりにぴったり作られたので、そうでない家族には使いにくいという状況が生じた。統計を見ると、核家族世帯は世帯数の過半数とはいうものの、約六割に過ぎなかったということも分かった。nLDK型の住まいは、残り四割の世帯には必ずしも最適の住まいではなかったのである。

 過去三十年間に家族の意味は大きく変わった。郊外化や九〇年代からのIT革命など、その原因は複合的だが、女性の社会進出が一番大きな誘因かもしれない。同じ核家族といっても、専業主婦のいる家庭と夫婦共働きの家庭では生活スタイルと家事のこなし方に大きな違いが生じるからである。それは間取りや部屋の広さ、あるいは住まいの形にも当然影響を与えるほど重要な変化だったのだが、高齢化に伴うバリアフリー問題ほどには見えにくいこともあって、これまで行政やマンションメーカーからはあまり省みられることがなかった。

 単身者や夫婦だけの家族のほかに昔ながらの三世代家族、あるいは成人となっても独立しない子供(パラサイト・シングル)と親が同居する家族など、私たちの周囲の家族形態は核家族ではない家族であふれている。仲間同士で住むシェアリング居住が話題になっているが、そういった血縁でない家族も含めて、大きく「非核家族」と呼ぶことでnLDKではない住まいづくりの手がかりが見えてくるのではないだろうか。

(上毛新聞 2004年2月27日掲載)