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群馬大学大学院医学系研究科教授 中野 隆史さん(前橋市国領町)

【略歴】長野市出身。群馬大医学部卒。放射線医学総合研究所に17年間勤務後、2000年から同大教授。専門は腫瘍(しゅよう)放射線学。がんを切らずに治す重粒子線治療施設を同大に導入する準備を進めている。

身の回りの放射線



◎少量なら影響はない

 原子力というと、原子爆弾、原子力発電所の事故などがすぐ思い起こされるのではないでしょうか。一九九九年九月の茨城県東海村のJCO臨界事故は記憶に新しく、大量被ひ曝ばくされ、治療のかいもなく亡くなられた二人の従業員の方には、心からご冥福(めいふく)をお祈りいたします。当時、私は千葉市にあります放射線医学総合研究所に勤務しており、被曝した三人を救うために連日、患者さんの被曝線量の推定と治療方針等を検討する治療会議に参加しておりました。

 このような事故が起きると、一般の人にとっては、放射線による発がんや奇形の発生などを考えて不安でたまらないことでしょう。ところが、放射線の身体影響や障害についての一般人の認識は極めて不十分と思われます。そこで、いったい環境放射線がどの程度のものかについて、考えてみたいと思います。

 私たちが自然環境から受ける放射線には、自然放射線と人工放射線があります。自然放射線では宇宙線が〇・三〇mSv/年(ミリシーベルト、放射線被曝量の単位)、岩石に含まれるウラン、トリウム、ラジウム、カリウムなど大地から〇・三四mSv/年、自分の体や食品から〇・三五mSv/年、セメント・建物などからのラドンが〇・四五mSv/年で合計年間一・四mSvの被曝をしていることになります。

 これは世界平均の二・四mSv/年と比較して、年間約一mSv少ない値となっています。当然、この程度の放射線では人体に悪い影響はほとんどありません。体内と食物からの放射線では、体内とあらゆる食物に含まれているカリウム40の影響が最も大きく、特に昆布には高濃度に存在します。世界的にはブラジルのガラバリ地方が約一〇mSv/年、インドの南端のケララ地方では一三mSv/年と世界平均の数倍以上の被曝量を受けています。しかし、不思議なことにその地方での発がん率は上昇せず、かえって低いという報告があります。

 最近では、環境放射線を完全に遮断するとゾウリムシは増殖能力が低くなったり、二〇〇mSv以下の被曝では発がんが低くなるというデータが蓄積され、少量の放射線被曝は人体に有益(放射線ホルミシス)という考え方も支持されつつあります。言ってみれば、私たちは放射線の被曝から逃げられないわけですが、ラドン温泉が健康に良いと言われるように、少量であればかえって体に良いということのようです。

 放射線の量がどの程度になると人体に有害かを考えてみた場合、最も低い線量で現れる白血球の一時的減少が約五〇〇mSvです。この線量と比較しますと、原子力発電所の周辺の許容線量は〇・〇五mSv/年であり、一般人の被曝線量の限度が一・〇mSv/年と低い値に設定されていることは、理にかなっています。胸のX線写真検査は〇・三mSv程度の被曝で、あまり問題になりません。

 今後も、人為的な要因により、大きな原子力事故が起きないとは限りませんが、私はエネルギーや電力政策については原子力に対して短絡した議論は避け、地球・人類への恩恵と損失・破壊の両側面を総合的に検討し、慎重に対処する必要があると考えています。

(上毛新聞 2004年3月3日掲載)