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県科学技術顧問 中川 威雄さん(神奈川県川崎市)

【略歴】東京都生まれ。東京大工学部卒。同大教授、同大先端素材開発研究センター長、理化学研究所研究基盤技術部長、群馬産業技術センター長など歴任。現在、ファインテック代表取締役、県科学技術顧問。

国有特許



◎売れてこそ意味がある

 このところ、民間企業の退職技術者が自ら発明した特許に対して高額な特許料を請求し、それが裁判で認められて話題になっている。この争いの種は、発明が個人の創造によってなされているのに対し、その所有権が企業に帰属する職務発明となり、その発明の企業業績への貢献に対し、発明者への報賞金が余りも少なかったことから生じている。このような職務発明制度が、これまで定着してきたひとつの理由に、特許の申請や維持費用が個人では支払い切れないほどの高額であることが挙げられる。その経費のせいもあって、ほとんどの企業では特許売り上げで、特許の諸経費を賄うことができていないのである。

 国の制度としても国有特許制度がある。国が投資した研究開発成果や、大学や国研などの研究公務員等の発明が、企業の職務発明と同じように、国がその所有権を持つのである。科学技術創造立国を目指す日本では近年、多額の政府の研究開発予算を注ぎ込んでいるし、それらの成果物としての特許取得を大いに奨励している。さらに、取得した国有特許を産業に活用するため、産学官連携による事業化や大学発ベンチャーも強力に応援している。

 実はこの日本国の特許、つまり国有特許の収支が、大幅な赤字であることはご存知だろうか。国が特許を活用した収益事業を直接に行なうことはないので、どこかの企業に使ってもらって、特許料を国に収めてもらうしか見返りはない。国有特許の場合、登録や維持の緒費用は特例として無料にしてもらってはいるが、高額な外国出願にはそんな特典はないし、弁理士等に支払う費用も安くはない。要するに販売が振るわないため、赤字となっているのである。

 国有特許は知財権という国家所有の財産なのである。さらに、その取得から売買に至るまで、完全な経済行為なのである。その取得と維持には費用がかかっているし、顧客を見つけて販売し、その販売金額によって特許の価値が決まる。活用されなければ毎年古くなって価値は下がっていくため、それを保持しているだけでは意味がないどころか、ある面では技術普及を妨げる結果となる。まして、現状の国有特許のように経費の安い日本国内特許ばかり多くては、国の費用で研究して獲得した特許を日本には有料で、外国には無料で提供するといった矛盾した形となる。

 日本でもやっと本腰を入れて、米国の大学のように取得特許を有用で売れそうな特許に厳選し、同時に売る努力も始めようとしている。さらに価値ある特許については、積極的に海外出願しようとしている。しかし、特許の販売は決して易しいものではなく、これらの事業にもまた新たな経費がかかり、当面、特許収支の黒字化は夢のような話となっている。

 日本では国有特許に関しての訴訟が皆無と聞いている。また、国有特許に関して、特許料報償金増額の裁判が、大学教官等の研究公務員から起こっても不思議ではないのであるが、そんな話はついぞ聞いたことがない。これは発明者が十分な特許料報酬をもらっているというのではなく、国有特許が活用されていないことを意味するのであり、納税者としては悲しむべきことなのである。

(上毛新聞 2004年3月8日掲載)