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獣医師 安田 剛士さん(沼田市戸鹿野町)

【略歴】日本獣医畜産大大学院修士課程修了。獣医師。沼田市で動物病院を開業。環境問題に取り組み、群馬ラプターネットワーク、赤谷プロジェクト地域協議会事務局長。県獣医師会員。

指標となる猛禽類



◎健全な生態系を残そう

 われわれ人類はその誕生から現在に至るまで、さまざまな知恵をもって自然の恵みを享受して生活してきました。ところが、現在(特に戦後)われわれは経済的豊かさを最優先し、すさまじいスピードと規模で自然資源を消費し続けています。失われた自然、失われつつある自然の何と多いことか。多くの人々がそのことについて心を痛め、子どもたちの将来を考え、自然環境を適切に保全していくことの必要性を感じています。

 ところが、このような心配とわれわれの社会が全体として日々行っていることや、向かっている方向とは、うまく連動していないのが現状です。「地球の自然や資源はまだまだたくさんある。今のままで、この先も大丈夫だ」といった楽観的見通しや、「このまま自然が破壊されると、数世代先にはわれわれ人類も存亡の危機に直面する」という警告が混在しています。

 われわれ人間の生活は衣食住のすべてにわたって自然の恵みの上に成り立っています。このシステムを将来の世代も現在と同様に利用し続けることを保障するためには、できるだけ豊かな状態で自然環境を保全することが大切です。それは現代社会の責務ではないでしょうか。

 また、群馬の高山、湖沼、原生林、牧草地、植林や雑木林、田畑を含む里山の自然は、温泉の存在と相まって有数の観光資源となっています。さらに、関東平野を潤す水がめの森とその深さは、多くの都市の人たちの暮らしを支える力を持っています。地域の将来において、これらは今以上に特別な価値をもつ財産になると考えられ、これらを変ぼう・枯渇させることなく活用するための新しい計画づくりが必要と考えられます。

 多くの人々が今、さまざまな地域で良い環境を保全し、回復させ、復元して次世代に豊かな自然環境を残そうと努力しています。これらの活動の中に、生態系の指標生物に着目する方法があります。猛禽(もうきん)類は指標となる生物(アンブレラ種)として注目されています。猛禽類が暮らすためには、豊かな自然が必要ですので、この生き物が暮らしていること自体が自然の健康状態を測る物差しとなり、地域の自然環境やそれを基盤として成り立つ人々の暮らしの将来設計をしていく際に、科学的・客観的な情報を教えてくれます。

 これだけ科学が発達した今日でも、猛禽類が教えてくれる情報よりも質・量ともに優れた情報を得る手段を私たち人間は持ち合わせていません。ところが、開発されるところに猛禽類がいて、鷲わしと人間とどちらが大切か、といった対立がよく見受けられます。

 原生自然にはイヌワシ、クマタカが、里山にはオオタカ、ノスリ、フクロウが暮らしているのは当たり前であり、そのような健全な生態系を残していくことで、生物の多様性が守られるのです。一羽の猛禽類を守ることも大切ですが、究極の保全目標は彼らが生息し、子育てを続ける自然環境と、それを基盤とした自分たち人間の生活です。近年、子育てに失敗する猛禽類が各地で多く見受けられます。これは自然の質が低下している、という彼らからのメッセージでもあります。

(上毛新聞 2004年3月14日掲載)