視点 オピニオン21
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音楽家・大泉町スポーツ文化振興事業団理事 川島 潤一さん(大泉町中央)

【略歴】青山学院大卒。2003年に教則本を発表。自己のトリオでNHK国際放送、同FMに出演。音楽クリニックを主宰し、音楽を通じた人間文化を追求している。国内外にミュージシャンの知人多数。

人と交わる



◎鍛えることで心に味が

 春は小川のせせらぎと、ほろ苦い新芽の味からやってくる。地べたを這はってくる甘い香り。何となく胸騒ぎのする季節。食の苦みは、冬の凍いてついた身心を元気によみがえらせてくれる。昨今は怪しげなウイルスが飛び交うなど、先行き不安な話が多いが、春の空気を胸いっぱいに吸い込んで、ありのままの自然を謳おう歌かしてみようではありませんか。

 私はコントラバスという楽器に出会って、かれこれ三十四年になります。楽器を通して成長してきたようにも思えます。病院勤務や会社員としての経験も、もちろん役に立っています。人、事柄、物など、さまざまな縁に出会ってきました。成長、発達し続けるためには、人と人との交わりが必要であると思っています。人と交わるには、自分の考えを持たなくてはいけません。しかし、それがベストではありません。より良くしていこうという気持ちを、互いに持つことが必要です。

 楽器という道具を通して、さまざまな人に出会うことができます。そこには職業、分野という壁のようなものはありません。また、多勢の仲間を持つことができます。無名であれ有名であれ、人と交わり合う機会を持てます。共通言語ともいえる音楽が、心の目を開かせてくれます。互いに心を配り、模索して目線で揺れていきます。楽器のアンサンブルと同じです。心の目は技術と人格の向上が必要であり、自らを鍛えなくてはなりません。心は味に表われるものです。このことは何事にも共通していえます。

 私が交わった人たちから得た、さまざまな生きた言葉や感銘深い言葉があります。それは、歴史の中で受け継がれてきた言葉でもあるように思えます。米国ニューヨークの「自由の女神百年祭」で市の文化に貢献したとして、日本人でただ一人、リバティ賞を受賞したジャズピアニスト、秋吉敏子さんを楽屋に訪ねたとき、「希望を捨てないこと」と教えてくれました。私が米中枢同時テロの翌月にニューヨークに渡ったことを話すと、「情熱と勇気」について語ってくれました。

 また、編曲家でピアニストの前田憲男さんとご一緒したとき、私が日本の曲を手掛けていると話したところ、「日本の曲はいいぞ」「海外に行ってみると、日本の良さが分かる」とうなずいていました。当日のステージで、前田さんは歌手から国会議員になった沢たまきさんを追悼しようと、彼女のヒット曲をピアノソロで弾き、演奏後に合掌しました。音楽は聴く人、演奏者とも心を動かすものだと感動しました。

 自分の誇り、愛するものへの思いに動かされ、静かに人生を進む無名の人も美しい。人は仕事、家庭、人生を考え直し、あるいは思うようにいかなかったことに苦悩する。自分の大切なもののために生きる幸せを、春の薫りの中、ありのままを受け止めて、人と交わり合う楽しい人生の旅を考えるのも、いい時季かもしれません。

(上毛新聞 2004年3月31日掲載)