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東京商工リサーチ湘南支店長 山内 弘夫さん(前橋市上新田町)

【略歴】前橋高、明治大政治経済学部卒。1982年、民間信用調査機関の東京商工リサーチに入社。前橋支店に勤務し、企業調査に従事する。同支店情報部長、同支店長を経て、今年4月から現職。

ヒット商品を生む



◎友人築き柔軟な発想を

 花豆をご存知だろうか? 県内の観光地などに行くと、農産物直売所や土産物店の棚に並ぶ、あのデカい豆である。冷涼な高地でなければ大きな実を結ばず、栽培地域は限られている。県内では吾妻郡や利根郡が主な産地のようだ。

 昔からこの花豆の甘納豆はあったが、昨年あたりから、これを「濡(ぬ)れ甘納豆」にしたタイプの商品が飛ぶような売れ行きとなっている。早くも複数のメーカーが現れて競争状態だが、その草分け的会社の社長は「わが生涯の最大ヒット商品。今年は単品で一億円を超える商品に育つ」と誇らしげだった。ちょっとした高級感と豆の健康イメージに加え、砂糖を表面にまぶしていない「濡れ甘納豆」タイプであることから、ダイエットに関心が集まる世相に受けたようだ。

 販路は地元の温泉旅館や土産物店に限らず、首都圏からの引き合いも活発だという。隣近所に配ることが多い温泉帰りの土産物というと、売れ筋のプライスラインは千円以下が相場だが、二千円の商品の動きも悪くないというから、今後、本格的な贈答品としての利用も増えそうだ。

 従来から花豆の甘納豆はあったし、小豆などの「濡れ甘納豆」で有名な老舗菓子店もある。しかし、花豆と「濡れ甘納豆」が結びつき、本県産の名物として売り出されるには長い歳月が必要だったのである。前述の社長は述懐する。「従来の延長線上の発想にとらわれていたため、なかなか花豆で濡れ甘納豆を作ろうという結論に行き着かなかった。花豆が身近な存在過ぎて、その魅力を深く考えることもしなかった」。この社長の会社は、吾妻郡に立地する。いわば花豆の産地の中にあるわけだが、花豆を使ったヒット商品は、砂糖をまぶした甘納豆という呪縛(じゅばく)から、長く抜け出られなかったのだ。

 パンとハムを別々に食べていた人たちが、ハムサンドを食べるようになるためには、賭博好きなサンドイッチ伯爵の登場が必要だった。日本人が二股(ふたまた)ソケットの恩恵を受けるためには、松下幸之助氏が呻吟(しんぎん)しなければならなかった。手品の種明かしではないが、出来てしまえば、なーんだと思うが、既存のものと技術を組み合わせて新しい売れ筋商品を作り出すことは、簡単なようで簡単ではない。発想を飛躍させることは、ベテランになればなるほど難しいのが通例だ。既成概念にとらわれた頭は、新たなことをしようとすると、拒絶反応を示し、次々に悲観的な予測を繰り出す。

 頭を柔軟にしておくには「二十歳年上と二十歳年下の友人をもちなさい」という言葉がある。どんなに優れていても、一人の人間の発想やアイデアには限界がある。これを補ってくれるのが、多彩な友人関係を築くことだ。ただ、前述の社長は言う。「還暦になるまで、この商品に巡り合えなかったが、言い換えれば、この年になるまでの、さまざまな出会いや試行錯誤が必要だったのかもしれない」。新たな道へ一歩踏み出す勇気をもつのは、なかなか難しい。

(上毛新聞 2004年4月2日掲載)