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県科学技術顧問 中川 威雄さん(神奈川県川崎市)

【略歴】東京都生まれ。東京大工学部卒。同大教授、同大先端素材開発研究センター長、理化学研究所研究基盤技術部長、群馬産業技術センター長など歴任。現在、ファインテック代表取締役、県科学技術顧問。

大学発ベンチャー



◎長い目で応援したい

 停滞する日本経済を立て直すには、高度技術を活用した新しい企業の創出が望まれる。要するに、ハイテクベンチャー企業が続々と生まれ、それが発展し新産業の牽引(けんいん)車となってほしい。誰しも、その思いは同じである。しかし、このところの長い不況の時期はベンチャーの起業にとって、冬の時代だったのである。景気がよくない時期には、どんな会社を起こしても経営は厳しい。

 その中で唯一、気をはいているように見えるのが「大学発ベンチャー」である。大学や国の研究機関の研究成果は今まで、あまりにも産業に活用されてこなかった。彼らは数の上で、日本の研究者人口の三分の一を占めている。高度な知識や技術を持った研究者やその成果物を、いわゆる産学官連携で活用するだけでなく、自ら起業して産業活性に貢献しようというものだ。

 経済産業省は三年で一千社を起業しようとの目標を立てたが、その数値には達成しなくても、かなりの勢いで増えている。もちろん、政府の音頭取りで、埋もれていた技術シーズ(種)が発掘されたり、研究者のマインドが変わってきたこともある。しかし、最も影響が大きかったのは、政府資金の援助である。起業化できそうな研究成果に対し、資金的に応援したのである。いままで学術と産業技術があまりにも乖離(かいり)していたのを、互いに引き寄せる役割を果たしたのだ。

 しかし、大学の研究シーズがそのまま金儲(もう)けにつながるほど甘くはない。まして、大学教官自身が経営すれば、まさに「武士の商法」になってしまう。どうしても、研究成果の事業化は練達の民間産業人と共同で行わざるを得ない。大学発のベンチャー企業も、中にはベンチャーキャピタル(投資会社)から高く評価されているものもあるが、皆一様に苦しい経営を強いられている。何とか起業後に訪れる「死の谷」と呼ばれる苦しい時期を乗り越えてほしいものだ。

 ベンチャーの起業はいくら技術が優れていても、その名のごとく大きな冒険であり、リスクの高い賭けでもある。設立後、これまで世間的には雲の上のお偉い方と見られていた学者や研究者が、零細企業の経営者と同じく、金策や営業に飛び回っているのを見ると、自らの決断とはいえ、同情の念を禁じ得ない。そんなに初めから順調にいくわけはない。

 現在の多くの大企業も起業時に同じ苦しみを味わっている。起業化成功の鍵は、必ずしも寄って立つ新技術のみではなさそうだ。そこには起業化した人たちのやる気や、頑張りが大きく影響する。当然、自分や社員やその家族の生活もかかっている。簡単に途中で投げ出すわけにはいかない。時には意地や見えに基づく努力が、成功の原動力となっていることもあるのだ。

 大学発ベンチャーは、少なくとも大学教官の意識を変えた。国の応援で起業化したばかりのベンチャー企業が、早速さらなる資金援助を国に求めているのを見ると、官製ベンチャーとの批判もしたくもなるが、少なくとも必死でもがいていることは確かである。少し長い目で応援したいものだ。

(上毛新聞 2004年5月18日掲載)