視点 オピニオン21
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勢多農林高校教諭 新井 秀さん(前橋市箱田町)

【略歴】高崎女子高、東京教育大体育学部卒。陸上競技の現役時代は走り幅跳び国体3位、400メートルリレーインカレ入賞。1968年、松井田高教諭となり、伊勢崎女子高、高崎女子高を経て現職。

体育の原点



◎やり遂げた後に充実感

 いきなり、唐突的ですが、ゴリラはベジタリアンで、寿命も人間に近い。しかし、筋力は数倍にも達し、とてもわれわれは太刀打ちできません。クジラは、食事のほとんどがオキアミです。にもかかわらず、その尾びれの力の強さに驚かされます。地球上には何万種の動物が存在しますが、人間とは比較にならないほどの能力を備えたものが数多くいます。遺伝子や生活習慣の差と言ってしまえば、その通りなのですが、なぜか引っかかります。

 私は長い間、体育・スポーツの世界で生きてきました。体育の授業では生きる力を養うべく、スポーツ等を教材として、身体の成長・発達段階に応じて体力の向上を計り、スポーツ文化を享受することを目指してきました。また、部活動では、基礎体力を含む多くのトレーニングを計画し指導してきました。しかし、ゴリラやクジラは、いわゆるトレーニングはしていません。

 ただし、前述のように人間の遺伝子とは違うし、生活そのものがトレーニングになっていると言われれば、否定しませんが、それにしてもゴリラはベジタリアンで、動物性タンパク質もほとんど取らず、クジラは大量のオキアミを摂取するだけで、どうしてあの大きな身体と力を持ち合わすことができるのでしょうか。不思議でなりません。

 荒唐無稽(むけい)と思われそうですが、彼らから何かヒントめいたものを得ることができれば、トレーニングの方法にも大きな影響を与えることができるかもしれません。また、体力という概念も見直されることになると思います。本校では長年、体育館が滑るため、授業でかなりの支障をきたしていました。やっと、新しいワックスを用意することができ、塗る前に、授業の一部を使って雑巾(ぞうきん)がけを行っています。

 もちろん、その理由と必要性を生徒に説明した上で行っていますが、往復九十メートルの床を三回ふきます。実際、大変です。しかし、多くの生徒は嫌がるどころか、終えた時の表情が充実感そのものです。汗をびっしょりかいて、一つのことをやり遂げた時の表情です。そして、生徒は素直に私に言います。「先生、雑巾がけはキツイけど、うんと汗をかけたし、結構おもしろいよ!」と。学年始めということもあると思いますが、体全体を使った“キツイ運動”を行うことによって十分に汗をかき、充実感を味わえたのです。

 同様なことは、持久走でもありました。共通するのは体のすべてを使い、単純できつい運動をやり遂げた後は、充実感、達成感を伴うことです。私は、久しぶりに体育の原点に触れたような気がしました。ゴリラやクジラは、人間とは違う遺伝子を持っていますが、毎日の生活が、生きる力を養っているのです。

 私は、授業をいかに日常化させることができるかをテーマに、実践してきましたが、体力とは、身体づくりとは、トレーニングとは何かを、もう一度、問い直してみたいと思います。

(上毛新聞 2004年5月24日掲載)