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フランク英仏学院副学院長 フランク佳代子さん(前橋市小相木町)

【略歴】早稲田大卒。日本レールリキード社、在東京コンゴ大使館勤務を経て、仏・米に留学。米カレッジオブマリン卒。1978年に帰国。翌年、夫とともにフランク英仏学院を創設。同学院副院長。

シニアの挑戦



◎学び続ける意欲が大切

 眼科医のA先生が英会話教室に来られたのは、もう七十の坂を越えられたばかりだったか。毎年二回、家族でハワイに行かれるのだが、言葉の不自由さゆえに食事も思うようにできない、という理由だった。その日から毎週、マンツーマンで英会話を始められたが、もともと勤勉家の上に何事にも青年のように熱心に取り組む方だった。「年だから…」という言い訳は決してなさらず、新しい言い回しなどが出てくるたびに子供のように感動された。

 やがて冬になると「毎朝四時半に起きて、皆が寝ているうちにコタツをつけてNHK英会話の基礎から中級まで聞くんですよ。その時間がうれしくて、たまらなくてね」とおっしゃる。かくして、その後のハワイ旅行は、先生にとって英会話実践、新しい出会いを楽しむロマンの旅となった。

 ハワイに出かけられる前、「公園などに行かれると、ご老人がベンチに掛けて寂しそうにしています。こんなふうに話しかけてみては?」と簡単な対話の方法をお教えした。「先生、やってきましたよ。こんな人に会いましてねえ」。毎回、目を輝かせて報告をしてくださった。わずかであっても外国人と言葉を交わし、心を通わせたことが、そんなにも大きな感動をもたらしたのか、と驚く私であった。

 M氏は銀行の支店長であったが、定年後、ヨーロッパで長期滞在という目的のために始められた。その後、三年という時間をかけてご夫婦で語学力を高め、六十歳の春にきっぱりと退職、見事に夢を実現なさった。毎月のようにアイルランドから寄せられる、お二人の滞在記を楽しみに読ませていただいたものだ。

 現役で活躍中のビジネスマンの方々も十年以上、週一度の英会話を大切にしておられる。金曜日の夜といえば、「ちょっと一杯」というのが普通なのに、毎週ほとんど欠かさず面々がそろう。若い世代が失った日本人独特の粘り強さに頭が下がる思いだ。

 しかし、一般には年齢のボーダーラインを引いて、日常というぬかみそにべったりとつかって、楽しむことを知らないシニアが多いのではないか。例えば、映画館などに行くと中高年の姿はほとんど見られない。アメリカの劇場や美術館の観客の半分以上は中高年層で占められている。それも、ご夫婦で実に素敵なカップルが多い。フランスの女性などは、四十歳からより美しくなるといわれている。子育てにもめどが付き、外で人に会い、楽しいことをする機会が多くなるからだ。

 連休中、わが家に訪れたのは七十歳のアメリカ女性だった。退職後に単身、バリ島、インドで三カ月の旅をし、帰り道、日本に立ち寄ったものだ。重たいスーツケースも自分で持ち上げて、露天風呂や神社の階段にも挑戦した。「昔と違うのよ。この時代、私ぐらいの年からも、あと三十年の月日が目の前に残されている、と考えた方がいいのよ」。その命を再び青く萌もやすのは感動や驚き、そして学び続ける意欲だ。

 熟した果実が甘く、みずみずしいように素敵なシニアが地球を歩き始めた。

(上毛新聞 2004年5月26日掲載)