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建築家・地域計画工房主宰 栗原 昭矩さん(伊勢崎市山王町)

【略歴】京都工芸繊維大住環境学科卒。横浜、前橋の設計事務所を経て、1998年独立。歴史的建物を生かした「地域づくり」や調査に取り組む。伊勢崎21市民会議座長などを歴任。

地域文化財の活用



◎“生活の記憶”再評価を

 今回は、これまで何度か使わせていただいた「地域文化財」という言葉について、自分なりの定義付けや活用の意味性について述べてみたいと思います。

 現在、文化財保護法では文化財を「有形文化財」「無形文化財」「民俗文化財」「記念物」「伝統的建造物群」の五つに分類しています。そして「有形文化財」には「国宝」と国、県、市町村が指定する「重要文化財」があり、平成八年には「登録有形文化財」が新設されました。この登録制度は緩やかに古きよき建造物を活用しながら、守っていくために創出されました。築後五十年が経過したものが対象で、歴史的景観への寄与、造形の規範、再現が難しい等が登録の基準です。

 私が考える「地域文化財」とは、この「登録有形文化財」をさらに裾野(すその)を広げ、各地域の暮らしや生業(なりわい)の記憶を伝える建造物、道、水路、緑等、長い時間の中ではぐくまれた地域独自の生活文化が表出し、地域の人格を形成するものです。国家的に守らないといけない重要文化財も大切ですが、生活者の視点で今われわれが目を向けるべきは、自分たちの人生とともに歩んできた「地域文化財」の再評価ではないでしょうか。

 昨年、地元伊勢崎で再評価の大切さを確信できる出来事がありました。桐生市にまちづくりの拠点として有名な有鄰館という施設があります。かつて、大きくご商売をされていた近江出身の矢野商店さんの土蔵群です。その伊勢崎店が昨年二月に解体されました。昭和の初めに造られた木造の立派な事務所と木造の大きな醤油(しょうゆ)醸造蔵が三棟あり、伊勢崎のまちの繁栄を語り継ぐ貴重な地域文化財の一つでした。

 解体されることを知り、急きょ簡単な調査をさせていただきましたが、縁あって支配人をしていた方のご親族と出会い、お話をお聞きする中で、まさにその方の人生そのものがこの建物とともにあった、ということが実感できました。その建物がなくなる喪失感を含め、切々と語っていただいたお店への愛着心や思いは私の心を大きく揺さぶり、言葉の一つ一つが今でも私の心に深く刻まれています。この愛着心や思いこそ、近代化の進展の中で忘れ去られてきた地域への誇りの種ではないでしょうか。

 「地域文化財」とは、まさにこの誇りの種の集積なのです。特別なものではないかもしれない、重要文化財のように多くの人にとっては価値があるとは言えないかもしれない、でもその地域の人にとっては国宝よりもずっと大きな価値があり、意味があるのです。「地域文化財」を大切にするということは、そこにかかわる人たちの「心」を大切にするということなのです。今回の経験は私の活動に大きな力を与えてくれるものとなりました。

 「地域文化財」の活用は言葉で言うほど簡単なことではありません。しかし、建築家としてこれからも一つ一つ取り組んでいこうという思いを新たにする貴重な、そして少し切ない出来事でした。

(上毛新聞 2004年7月23日掲載)