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フランク英仏学院副学院長 フランク佳代子さん(前橋市小相木町)

【略歴】早稲田大卒。日本レールリキード社、在東京コンゴ大使館勤務を経て、仏・米に留学。米カレッジオブマリン卒。1978年に帰国。翌年、夫とともにフランク英仏学院を創設。同学院副院長。

米国の大学教育



◎知的リーダーを育てる

 五月末日、二男の卒業式出席のため、カリフォルニア州立大学バークレー校へ飛んだ。アメリカでは卒業式は家族ぐるみのイベントらしく、日本からは私だけだったが、現地では本人の兄とその友達、ガールフレンドの家族一同が仕事を休んで来てくれた。会場の各列はそんな家族で占められ、中にはおじいちゃん、おばあちゃんの姿も見受けられた。

 あれはワーグナーの「タンホイザー」だったか、荘厳なシンフォニーの響きが会場にとどろき、高らかな序奏に送られて、二〇〇四年人類学科卒業生百四十人が黒いガウンに身を包み、手を振りながら入場してきた。黒い式服だけでは収まらず、帽子に金のモールを垂らした者、深紅やピンクの花のレイを首から掛ける者、鮮やかな模様を角帽に施す者等、実に自由奔放。総立ちになった客席からは口笛や歓声がわき上がり、さながらオペラのフィナーレのような華やかさだ。

 プログラムは日本と大差なく、学部長や学生のスピーチに続き、一人一人に仮卒業証書が手渡されるのだが、大きく違うのは各スピーチが実に面白く、決して通り文句で終わらないことだ。小気味のよいウィットで絶えず観客を笑わせながら、魂を鼓舞させるような名言に満ちているのだ。

 「さて、これから本年度最優秀論文の発表をします」。教授たちが二日間激しい討論を交わした、という前置きの後、いきなり息子の名が呼ばれた時は、わが耳を疑った。チャイナタウンの食器の考古学的研究を通して、十九世紀中国移民に対する白人の偏見に挑戦したものだったが、千ドルの賞金付き栄誉を頂戴(ちょうだい)した。

 英文九十ページの論文を寝ずに書いていたのは知っていたが、英語が完璧でもない日本育ちの息子にまさか…。日本で高校時代を送った息子は勉強は適当で、好きなことに興じていた。塾通いも拒否した子がなぜ、こんなに勉強するようになったのだろう? 第一に授業が多様性に満ち、「ヒューマン・セクシュアリティー」「呪術(じゅじゅつ)と魔法」といった若者の心を誘う時代に敏感な内容で、知識欲が自然にわいてきたのだろう。

 教授たちは、おのおの個性的で情熱に満ちていた。盲目的に知識をうのみにせず、常に通論に疑問符を投じ、自分自身の考えを追求し、論理的に構成する訓練をしてくれたという。ルールや通例に従い、過ちをせずに仕事ができる一般的人間の育成、つまり就職のための手段という傾向の日本の大学教育に対し、アメリカの大学は真理そのものへの探究心に火をつけてくれた。

 個性的発想を重んじ、思考力を育て、権威にさえ立ち向かえる知的リーダーを育てるのがアメリカの高等教育。だからこそ、あの自由奔放な空気、面白くてたまらないスピーチが生まれるのだろう。そのスピーチでは、ブッシュ政権の批判や揶揄(やゆ)が公言され、そのたびに割れるような拍手と歓声が起きたことも特筆されるべきだろう。

(上毛新聞 2004年7月25日掲載)