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群馬大学大学院医学系研究科教授 中野 隆史さん(前橋市国領町)

【略歴】長野市出身。群馬大医学部卒。放射線医学総合研究所に17年間勤務後、2000年から同大教授。専門は腫瘍(しゅよう)放射線学。がんを切らずに治す重粒子線治療施設を同大に導入する準備を進めている。

重粒子線治療



◎切らずにがんを治す

 最近、がんの先端治療の一つに重粒子線治療というものが脚光を浴びています。重粒子線は重イオンとも呼ばれていますが、炭素イオンやネオン、アルゴンなどの原子番号が大きなイオンをいいます。これらのイオンはX線γ線などの通常の放射線よりがん細胞を殺す作用が二―三倍強力であり、さらに、がん病巣に線量分布の集中性がよい性質を持っています。

 このことから、重粒子線は通常の放射線治療で治癒困難な、いわゆる放射線抵抗性のがんに威力を発揮すると考えられています。また、重粒子線治療は“切らずにがんを治す”治療法なので、治療成績の向上のみでなく、治療後の患者の社会復帰や生活の質(QOL)の向上も期待できます。問題は、この重粒子線を発生させるためには直径が約三十メートルのシンクロトロン加速器が必要なことで、大きな建物と百億円以上の建設費がかかることです。

 現在、世界で三治療施設があり、そのうち二つが日本にあります。私の前勤務先の放射線医学総合研究所(千葉市、以下「放医研」)と兵庫県立粒子線医療センターです。放医研では昨年十月、ようやく重粒子線治療が高度先進医療に認可され、一部を有料で重粒子線治療が開始されております。

 放医研での重粒子線治療の治療成績については五年生存率でみると、前立腺せんがんでは約95%、手術不能I期肺がん約70%、頭頸けい部悪性黒色腫しゅ約50%、体幹部進行骨肉腫約50%、再発進行肝がん約50%、III―IV期進行子宮頸がん約45%などとなっています。これらの成績は、まだ初期段階の臨床試験のため、主に手術不能ながん患者や進行・再発がんを対象にしたにもかかわらず、極めて良好な治療成績といえます。特に、頭頸部腫しゅ瘍よう、肺がん、前立腺がん、肝臓がん、骨軟部腫瘍には威力を発揮しています。

 一般に巨大な腫瘍の進行がんでも、よく局所制御されており、肺気腫の肺がん患者でも治療の副作用が軽微なため治療を行うことができます。また、最も治療の難しい骨肉腫では腫瘍が消失した後に正常骨組織が再生されます。このように、重粒子線治療は、がんが制御されるだけでなく、生活機能や形態まで温存される可能性があることが特徴的です。また、重粒子線治療は多くの場合、一―四回の照射回数で終了するため、入院期間が短く、患者の苦痛も大幅に軽減され、極めて優秀な治療方法であるといえます。

 このような状況を踏まえ、群馬大学では平成十三年から、全国の大学に先駆けて、重粒子線治療装置の学内設置計画を立案し、誘致運動を展開しています。本年度には放医研との共同研究として、文部科学省から小型炭素線治療装置の研究開発を行う予算を獲得しました。平成二十年度を目標に重粒子線治療施設を設置し、北関東甲信越地域の患者を対象に、がん患者に生活の質を落とさない“切らずにがんを治す”先端医療を提供したいと考えています。地域の皆さんからの応援を期待しています。

(上毛新聞 2004年7月28日掲載)