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高橋農園社長 高橋 喜久男さん(宮城村市之関)

【略歴】1983年、会社を辞め農業を開始。チンゲンサイの周年栽培を確立し、96年に有限会社化した。2000年に出荷調整施設を新築し、効率的な作業を実現。1社で宮城村をチンゲンサイの産地にした。

農産物の規格



◎消費者には意味がない

 今年の夏は、いうまでもなく猛暑。しかし、この暑さに負けるわけにはいかない。われわれ農業者は一次産業として日夜、頑張っているにもかかわらず、なかなか日の出を見ることができない。

 「何か変、何かおかしい」と最近、感じる。農産物出荷においても、商品規格に対する注文が厳しい。青果物の大きさであるL・M・S、時にはLL、SSなど、多岐に及ぶ規格分けが要求され、さらに品質で秀・優・良という区別が付く。大きさと品質を組み合わせると、格付けは十数種類に及ぶことになる。しかし、こうした規格の多様化は、消費者にとってメリットがあるのだろうか。

 現在、大都市や地方都市の消費者の大部分はスーパーやコンビニなどで青果物を買っているが、そこに並べられている野菜や果実がみんな十数種類の規格に分けてあるわけでなく、ダイコン、ニンジンなどの野菜、果実では大と小の二種類が普通で、時にはL・M・Sの三種類くらいである。また品質でも、秀・優・良の三種類に分けて並んでいる例は見たことがない。せいぜい良の規格品が特安コーナーに並ぶ程度である。

 だから、十数種類に及ぶ多様な規格化は、消費者にとってはほとんど意味がない。スーパーでは、みんな同じ長さと太さのキュウリがパックされて並べてある。しかも、そのトレーには秀・優・良など品質の表示はない。一体何のための規格なのか。

 大きさと品質の格付けを決めるのは市場である。上場された青果物を大きさと品質で細かく仕分け、競り落とすには、その方が効率的である。のみならず、標準規格以外の物を買いたたくことができるから、仲買人の利益にもなる。大きさはS、品質は秀に標準をおき、それ以外のものは値段を落として落札する。だからこうした多種、複雑な規格付けは、単に市場の利益のためだけにあるもので、消費者から見れば本来不要なものである。

 その上、いちいち丁寧に包装され、あるいはトレーにパック詰めにされている。過剰包装は、それだけ末端価格を高くする。

 これを生産者から見ると、どうなるのか。生産物を市場の要請に従って選別し、規格のそろった青果物を出荷するのは、農家個々にとっては技術的にも労力の面でも困難であるし、包装材料費もばかにならない。また今年は空梅雨で豊作、さらに猛暑で消費者の食が進まない。農産物を出荷しても、運賃と箱代で終わってしまう。これも単なる豊作貧乏というだけでとらえてよいのか。今年も輸入農産物が多量に入荷している。われわれ農家はどうなるのか。

 今の日本の財政は、収入が少ないのに国家予算は二倍もある。借金は収入の二十倍もあり、少子化、さらに二〇二五年には老人大国になるという。これで大丈夫なのだろうか。なぜ、もっと節約して借金を増やさないよう行動を取らないのか。日本の財政はあと三年ですか、二年ですか? 一次産業のわれわれも頑張っている。小泉首相も頑張ってほしい。

(上毛新聞 2004年8月20日掲載)