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大泉国際交流協会事務局長 坂井 孝次さん(邑楽町中野)

【略歴】新潟県三条工業高卒。大泉町の大手家電会社に40年間勤務。国の家電製品協会アセスメント委員長として、容器包装リサイクル法、廃家電リサイクル法の法制化に寄与。著書に『包装技術ハンドブック』(共著)など。

おはようございません


◎もっと会話を楽しもう

 旅先でのたどたどしい会話には、お互いの心を開かせる作用が働くようである。単語主体の外国語でやっと話すのだから、両方が真剣に理解しようとする気持ちが自然に生まれてくるものらしい。

 先日、香港でタクシー運転手と話をしたのが忘れられない思い出になった。いきなり日本語の「こんにちは!」にすっかりうれしくなって、片言の英語で話しかけた。「日本語がうまいですね! ほかにどんな言葉を知っていますか?」に、「おはようございません」「こんにちは」「さようなら」の三つが返ってきた。しかも、自信を持って言っているようにさえ思えた。「おはようございません!」は、面白いでしょう。

 誰かが意図的に教えたものか、間違って覚えたかはともかく、うれしい気持ちと愉快な気分にしてもらって、久しぶりに大笑いさせてもらった。友達からは時々、この言葉であいさつされるが、その時を思い出しながら今も笑っている。

 この話を友達にしたとき、「私もシンガポールで似た経験があるわ」と言って話してくれた。「おはよう」と声を掛けられたので「何かしら?」と振り向いたら、ニコニコしながら「さよなら」と言われたというのである。これも想像しただけで、笑える話である。旅先での日本語には、この種のものが多いから、話しかけられるたびに親しみを感じる。

 ところで私たちには、観光で訪れる旅行者や日本で働く外国の人に、迎え入れる気持ちで話しかける度量があるだろうか。

 日本は十数年前から核家族化、少子高齢化、IT社会、リストラと生活環境の急激な変化に直面している。そのためか、信じられないような事件報道が多すぎるのは、忙しさに追われ、ゆとりを忘れたのではないだろうか。ゆとりを忘れ、会話の楽しさを忘れた結果のような気がしてならない。「ムカツク」「キレる」といった若者の言葉や瞬時の行動からは、会話の余地は感じられない。通学電車の中に会話のできない怖さを感じるのは私だけだろうか? 動物の持つ危険予知能力だけが異常に発達したようである。

 日本ではいまだ、社会も家庭も、厳しい環境から抜け出す有効な手段を見いだせていないようであるが、香港のタクシー運転手のように、自分の幸せのために積極的に話しかける姿を見習いたいものである。給料が頭打ちの社会に入ったとはいえ、外国から見ると日本は恵まれすぎているように見える。

 「よーく考えよー お金が大事だよ」は時代を的確に表しているようだが、これからは「よーく考えよー 会話が大事だよ」に早く変わることを願っている。

(上毛新聞 2004年9月20日掲載)