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高崎里山の会代表 瀧田 吉一さん(高崎市石原町)

【略歴】東京生まれ。61年高崎市に移り住む。私塾「草の実会」主宰。市緑化審議会委員。高崎緑化ハンドブック「榎の精の話」「赤松の精の話」など執筆。

チョウに見る温暖化


◎真の英知が未来を救う

 高崎自然歩道、山名丘陵周辺を歩いた。

 周囲は、見通しの利かない雑木放置林。異常ともいえる真夏日が続いていたが、その暑さのゆえばかりではなく、景観そのものに生気がない。梢(こずえ)のわずかなすき間から、日の光が漏れて、暗く空気のよどんだ小道にまだら模様を描いている。かつては整備の行き届いたアカマツ、クヌギ、コナラの明るい林を抜ける、さわやかな尾根道であったはずだ。

 燃料革命ともいうべき時代の波が、この里山を襲った。薪炭の需要はなくなり、落ち葉を集めた堆肥は化学肥料に取って換わった。利便性と利益追求の前に、里山はその価値を失った。先人たちが営々とかかわり続け、築き上げてきた里山の、なれの果ての姿だ。

 ふと、その光の中に、ふわりと大型のアゲハチョウが姿を現した。後翅しに大きく黄色紋を持ったモンキアゲハである。関東西南部以西に生息する日本最大級の暖地性のチョウだ。もちろん、高崎では定着個体の発見はなかった。が、一九九四年に近隣の甘楽町天引の草喰(くさばみ)地区に定着が確認された。目前のこのチョウが観音山丘陵に定着しているのは、まず間違いない。

 かつて、生息を見なかった暖地性のチョウが、その分布域を次第に広げて北上し、ここ観音山丘陵に定着したのはなぜだろうか。一言でいえば、温暖化による気温上昇がこのチョウの越冬を可能にしたということだろう。

 晩秋、この丘陵でマメ科植物を食草とするウラナミシジミという親指の爪(つめ)を二枚並べたほどの小さなチョウが見られる。千葉県最南部で越冬し、春の気温上昇とともに拡散北上を始め、観音山丘陵に到達するのが、十月下旬ごろになる。しかし、越冬できずにすべて死滅してしまう。毎年、このけなげな行動を繰り返していたチョウが、近年姿を見せなくなった。関東平野の田のあぜに栽培されていた豆類の作付けが減少し、拡散中継地の連なりが途切れてしまったのだ。

 モンキアゲハの食草は、サンショウ、カラスザンショウなどミカン科の植物である。気温上昇が越冬を可能にさせたとしても、食草がなければ定着はない。農用林としての里山は常に整備され、遷移の過程で現れるカラスザンショウなどはほとんど見ることはできなかった。

 しかし、価値を失い放置された里山は教科書通り、遷移の過程を踏み、林床は灌かん水すいに覆われ、かくしてモンキアゲハの食草が豊かになった。だが、このまま遷移が進めば、やがて暖温帯常緑広葉樹林が極相を形成し、そしてモンキアゲハも姿を消していくことになる。

 科学万能をうたい、ほかを省みず自らの利便性のみを追求した人間の身勝手さは、地球温暖化を生み、生態系の調和を崩し始めた。気付かぬ間に、温暖化現象の第一波は頭上を過ぎ、すでにはるかかなたに遠ざかっている。もはやその背をとらえ、引き戻すことは不可能なのか。

 科学を否定するつもりはない。むしろ、鋭い感性に裏打ちされた科学性と真の英知こそが未来を救う、と信じたいのだが。

(上毛新聞 2004年11月13日掲載)