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県立がんセンター院長 澤田 俊夫さん(大泉町朝日)

【略歴】北海道出身。東京大医学部卒。同学部第一外科入局、同講師、県立循環器病センター副院長、県立がんセンター副院長を経て、04年4月から現職。医学博士。

がんの発生


◎可能性が高い環境に

 「人とは」と聞かれても、そう簡単には答えられません。ここでは生物としての「ヒト」についてお話しします。すべての生命体は細胞により構成され、ヒトはおよそ六十兆個の細胞からなる生命体といわれています。細胞は細胞膜、細胞質、核などで構成され、核にはDNA(デオキシリボ核酸)とRNA(リボ核酸)という二種類の核酸が存在します。二本鎖螺旋(らせん)構造の染色体DNA上には約二万二千個の遺伝子があり、ここに多数の遺伝情報が書き込まれています。染色体(クロモゾーム)はDNAとタンパク質(ヒストン)の複合体であり、ゲノムとは生物が生存するために必要十分な遺伝情報のセットを意味し、最も広い概念です。

 英語のcancerは「腫瘤(しゅりゅう)の表面の血管があたかもザリガニの足のようである」ことから、またドイツ語のKrebsも「カニの甲羅のように硬い腫瘤」という現象をとらえた言葉です。ラテン語のcarcinomaも同じです。漢字の癌(がん)は「次第に増大して岩のようになる病」というゆえんからきています。実に言い得て妙な命名です。また、カタカナのガンは「〇〇は社会のガンだ」などと比ゆ的に用いられることが多いようです。

 医学用語で、漢字の癌は「上皮性の悪性腫瘍(しゅよう)(carcinoma)」、すなわち胃腸や気管支などの食べ物や空気の通る管腔(かんくう)臓器の上皮からできたがんを意味します。一方、それ以外の神経や血管、筋肉、繊維組織などの非上皮性組織からできた悪性腫瘍を肉腫(にくしゅ)(sarcoma)といいます。これら癌と肉腫を含めて、ひらがなの「がん」という言葉で表します。要するに、がんは悪性腫瘍の総称です。

 さて、がんはどうしてどこにできるのでしょうか。がんが遺伝子の病気、すなわち複数の遺伝子変異の蓄積であることが明らかにされています。しかし、その正確なメカニズムは分かっていません。ヒトの細胞のほとんどは常に老化・脱落し、また炎症によって傷害されます。この場合、その組織のもととなる幹細胞から再び分化・増殖が開始されて組織を再生します。これらの過程を制御しているのが前述のDNA上にある遺伝子です。ただし、神経細胞や心筋細胞は、分化から一定期間を過ぎると増殖を完全に停止し、再生することはありません。

 突然変異といわれている現象は老化・脱落・再生を繰り返している組織の細胞にのみ起こる現象です。従って、脳・神経や心臓の細胞には突然変異によるがん化は起こらないことになります。例えば原爆や放射線などによってある遺伝子に障害が起こり、細胞死を制御できない状態になるとします。そうすると無限に増殖を開始することとなり、がんが発生します。約六十兆個もある細胞に、活性酸素をはじめとしたさまざまな化学物質、大気汚染、環境ホルモンなどの影響が加わっている現状では、細胞の遺伝子は常にこの種の危険にさらされている、といえます。すなわち私たちは、がんになる可能性が高い環境で暮らしているのです。

(上毛新聞 2004年11月27日掲載)