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県立女子大学教授 植村 恒一郎さん(鴻巣市赤見台)

【略歴】東京都生まれ。東京大卒、同大学院修了。県立女子大教授。哲学者。著書「時間の本性」(勁草書房)により、02年度和辻哲郎文化賞を受賞。

モデルなき若者の人生


◎まずは励ますことから

 県立女子大では、「キャリア教育」に力を入れている。学生に「働くことの意味」を真剣に考えてほしいからである。最近の若者の就職難は、単に不況だけが原因ではない。われわれの生きる社会そのものが変容して、「人生の標準モデル」が明確でなくなったからである。『国民生活白書』によれば、正社員とパートやアルバイトでは、生涯所得で大きな差がつく。しかし「仕事の満足度」を調査すると、両者でほとんど違わない数値が出るという。

 統計を見ると、正社員の労働時間が延びている。「昇進の機会」のある正社員は、それだけ仕事もきつい。それに対して、「休日の多さ」「拘束の度合い」「仕事と生活の両立のしやすさ」という点で、パートの満足度は高い。統計は、子育てのために退職して再就職した女性を含む全年齢・学歴層のものだから、そうなるのも理解できる。

 ところで、四年制大学卒の女子の平均初婚年齢は二十八歳を超えた。彼女たちは結婚よりもずっと前に、社会人としての生き方の選択を迫られる。そして、二十代後半から三十代前半の女子の未婚率が、最近、大幅に高まっている。女性の「人生のモデル」は変わりつつあるのだ。

 男女を問わず、これからの若者は「自分の人生をゼロから自分で設計する」ことを求められる。これは、人間の歴史の中で経験したことのない新しい事態だ。江戸時代のような身分制社会では、子供は「親の職業を継ぐ」のが普通だった。だから自分の人生の全体をイメージすることができた。五十年前の日本でさえ、農業人口が半数である。小売商や町工場、各種の職人など、個人経営も多かった。そこには目に見える「人生の型」のようなものがあった。だが、現在、「親の職業を継ぐ」若者がどれだけいるだろうか。

 社会学者の研究によれば、現代の先進国における個人は、自己のアイデンティティー、すなわち自分がどのような人間であるのかを、誰かに決めてもらうことができなくなった。旧来の階級、性別、宗教、職場、家族などへの安定した帰属感に、自分の「居場所」を見つけることが難しくなったのだ。数年前、結婚もせず親元から離れない「パラサイトシングル」が、日本特有の現象として話題になった。だが、最近ではヨーロッパにも増えている。日本の若者たちの間では、「本当の私が分からない」という不全感が強まり、「私さがしゲーム」が人気を博している。

 このような若者に向かって、「少し甘えているのではないか」と批判したくなる大人の気持ちも分かる。だが、親の世代の私たちや、祖父や祖母の世代は、それなりの「人生のモデル」がまだ明確で、それに従って生きることができたという、それだけのことではないだろうか。年配の世代が偉かったわけではなく、今の若者のような選択の可能性がなかっただけである。「自分の人生をゼロから自分で設計する」のは、なかなか大変なことだ。その意味で、若者たちをまず励ますこと。そこから「キャリア教育」は始まる。

(上毛新聞 2004年11月28日掲載)