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高崎健康福祉大学短期大学部教授 案田 順子さん(高崎市新田町)

【略歴】東京都出身。実践女子大大学院博士課程修了。高崎健康福祉大短期大学部教授。専門は文学・言語学。群馬ペンクラブ常務理事、吉野秀雄顕彰短歌大会選考委員。




◎読み方で意味が異なる

 この数年、子供たちに抜群の人気を得ている任天堂のポケットモンスター・ゲームの中で、四天王の一人フヨウが、ポケモンとの信頼から生まれた「きずな」の大切さ、深さ、確かさについて語るという場面があります。年がいもなくポケモンゲームをストレス解消の一手段にしている私ですが、以前からこの場面についてお話ししておきたいと思っていました。それは大人たちの知らない世界で、子供たちが「きずな」という言葉に出会い、その言葉が一体何を意味するのかを具体的に、それもごく自然に会得しているからです。

 ところで、日本の家族の「きずな」を象徴する物とは…。私は、高度成長期にその姿を消していった「卓袱台(ちゃぶだい)」を、一番に挙げたいと思います。折り畳み可能な木製の丸い卓袱台。決して広いとはいえない卓袱台を家族みんなで囲み、食事をするうちに、子供たちは今日学校であったことを話し出し、そこはいつの間にか団欒(だんらん)の場となっていくのです。卓袱台を囲んでのひとときは、家族がその一員であることを確認し「きずな」を深める大切な時間でもあったように思います。

 漫画「巨人の星」で主人公の父、星一徹が食事の最中に卓袱台を引っ繰り返すあの場面、わが家でも幼いころ、父がささいなことで腹を立て、卓袱台を引っ繰り返すことが年に一、二回ありました。せっかくの夕飯が台無しになったことを嘆きながら、散らかった千切りキャベツや悲しいほど形の崩れたコロッケを拾い、ソースで汚れた畳を拭(ふ)くのは、いつも母と私の役目でした。けれども不思議に父を恨んだり、憎んだりする気持ちは起こらなかったものです。それはたぶん、何があっても揺るぐことはない家族の「きずな」があることを、子供心にも分かっていたからなのでしょう。

 日本人にとって親子のきずな、夫婦のきずな等々、「きずな」は「お互いの強い結びつき」を意味するプラス・イメージの言葉としてとらえられてきました。しかし、「絆」という漢字には、「きずな」と「ほだし」という二つの読みがあり、読み方によって意味が全く異なってしまいます。「きずな」が人間関係の深い結びつきを意味するのに対し、「ほだし」は相手の自由を奪う鎖や枠、手かせ、足かせとなるもの。そこから人の心や行動を束縛するという意味が派生し、マイナス・イメージの言葉になっています。

 「きずな」と「ほだし」、その意味は一見すれば相反しているようですが、相手に「きずな」を求め過ぎれば、それは「ほだし」となって相手を拘束することになるという人間関係の難しさ、陥りやすい部分を的確に示しているといえるでしょう。相互の信頼関係に基づく「きずな」に比べ、束縛を根底とする「ほだし」は受ける側に苦痛を与えるものとなっていきます。情に絆(ほだ)され断り切れず困り果てていても、相手は深い絆(きずな)で結ばれているからと思っているかもしれません。

(上毛新聞 2004年12月21日掲載)