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高崎経済大学地域政策学部教授 生沼 裕さん(東京都在住)

【略歴】栃木県生まれ。89年に東京大法学部を卒業し、自治省(現総務省)入省。環境庁、内閣官房、大阪府などの勤務を経て自治大学校教授。04年4月から現職。

行政のプロ


◎求められる自覚と行動

 黒沢明監督の『生きる』という映画をご存じだろうか。ある市役所の市民課長である主人公が、胃がんで余命があとわずかと知り、苦悩の末、残りの人生を、住民たちから陳情のあった小さな公園の建設に奔走するという、公務員必見の映画である。この映画には、当時の役場を皮肉った場面が数多く登場するが、特に、陳情に来た住民たちがさまざまな部署をたらい回しにされる場面は印象深い。先日、この場面を想起させる次のような出来事に遭遇した。

 私の住まいの近くには、昔ながらの銭湯がある。大変、風情のある銭湯なのだが、問題なのはその煙突から排出される煙である。マンションの網戸や通気孔などに黒煙のすすが粘着し、掃除をすると、ぞうきんが真っ黒という状態である。管理人に聞くと、他の住民からも苦情が出ているという。そこで、住宅街のど真ん中で、黒煙をまき散らしていること自体に問題がないのか、区役所に話を聞いてみようということになった。

 区役所の環境担当課へ電話をし、事情を話した上でアポを取り、管理人と二人で区役所を訪ねた。区役所側は二人の職員が応対した。再度事情を話し、法的に問題がないのか聞いてみた。すると、汚れは今年噴火した浅間山のせいではないのか、という。半ばあきれて、大気汚染防止法上、ばい煙発生施設には規制があるはずだが、この銭湯は規制対象施設に該当するのではないか、と聞いてみると、それは法のどの条文のことかと逆に聞き返されてしまった。

 似たような苦情は、ほかにないのだろうか。問い合わせてみると、あるという。大気汚染防止法上の規制は東京都の権限のようだが、区への権限移譲はないのか、法とは別に、都あるいは区の規制条例はないのかと聞いてみると、東京都に直接聞いてほしいという回答だった。

 後日、東京都の環境局に電話で尋ねてみると、この銭湯が大気汚染防止法の規制対象施設であるということをその場で確認してくれた上、都の環境確保条例による規制も別にあること、区に相当程度の権限が移譲されていることなどを詳細に説明してくれた。

 今回、区の職員からは、残念なことに、とにかくその場を取り繕って、おとなしく帰ってもらおうという姿勢が如実に見て取れた。一方、対照的に都の職員には行政のプロとしての、その対応に感心させられたのであった。

 一九五二年に公開された『生きる』という映画の一場面ほどではないが、似たようなことが現在もなお起きているということをあらためて実感する出来事であった。一方で、地方分権が推進されている今日において、自治体職員の責任が格段に重くなってきていることも確かである。従来にも増して、自治体職員には行政のプロとしての自覚と行動が求められているということを、自戒も込めて、今回強く感じた次第である。

(上毛新聞 2004年12月30日掲載)