視点 オピニオン21
 ■raijinトップ ■上毛新聞ニュース 
高崎里山の会代表 瀧田 吉一さん(高崎市石原町)

【略歴】東京生まれ。61年高崎市に移り住む。私塾「草の実会」主宰。市緑化審議会委員。高崎緑化ハンドブック「榎の精の話」「赤松の精の話」など執筆。

若者と少女のこと


◎自然は人の感性を磨く

 十八年前の夏。小学校二年生の女の子から、相談を受けた。彼女の夢は、幼稚園の優しい先生。その彼女が、「夏休みの宿題に、お花の研究をしたいのですが、どんなことをしたらよいのか、教えてください」と言うのだ。

 「お花の研究といえば、先ず観察が大事でしょう。わざわざ遠くへ行かなくても、身近なところでできることの方がよいだろうね」

 そこまで話すと、「はい」と大きな声で返事をして、それで帰ってしまった。

 はて、あれで一体役に立ったのだろうか。

 その夏。私は、岩手県の早はや池ち峰ね山さんに登った。登山口の鳥居をくぐり、三十分ほど黒木帯を歩く。途中から、営林署(当時)の若い自然保護員と一緒になった。イソツツジの群落を抜けると、早池峰山固有種のハヤチネウスユキソウが、早くも姿を見せ始めた。日本のウスユキソウの仲間では最も大きく、ヨーロッパのエーデルワイスによく似た種だ。

 盗掘を防ぐためには、保護員の存在は重要だ。歩きながら話した二十八歳の若者に「お子さんは」と尋ねると、「独身だが日割りの月給では収入が少なく、どうにもなりませんね」と言う。それでも、「日曜・祭日勤務は休みですが、入山者が多く、自発的に山に登ります」。

 もちろん手当は出ない。しかし、時折、交際中の彼女が一緒に登ってくれる。早池峰の自然の中に身を置き、二人で将来を夢見て語り合う、と話してくれた。こういう若者が、日本の自然を守っていた。

 九月に入って間もなく、お花の研究の彼女がやって来た。話によると、家から学校まで歩数にして三百五十歩で行ける。その道程の草を観察し、歩道橋の隅にたまった、ごくわずかな砂に根を張っている小さな草を三種見つけた。だが、休みが終わる三日前になって、歩道橋が清掃され、それらの草がなくなっているのに気付く。毎日見ていた、あの草たちが、いなくなってしまった。

 「私は悲しくなりました。涙が出そうになりました」

 観察記録をそんな言葉で締めくくった。

 そして、夏休みの宿題に「三百五十歩の植物観察」という記録を提出した。

 若者は、すでに四十五歳。彼女は二十五歳。

 早池峰の自然の中で語り合った二人と、突然姿を消した小さな草に涙した少女。

 彼や彼女が、自然から得たものは何であったのだろうか。

 自然保護員だった若者は、あの時の女性を妻に娶り、現在、岩手の山々の美しい風景を見守りながら、撮り続ける写真家。

 小学二年生だった彼女は、一児の母。そして、優しい幼稚園教諭。

 自然は人の感性を磨き、感性は人の知性を磨く。それぞれが、夢をはぐくみ、充実した日々を送っている。

(上毛新聞 2005年1月6日掲載)