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群馬大学社会情報学部教授 黒須 俊夫さん(前橋市天川大島町)

【略歴】栃木県真岡市生まれ。宇都宮大卒後、東北大大学院教育学研究科に進学。教育学博士。宮城教育大助手、群馬大教養部助教授を経て、93年から現職。

情報の処理


◎受け手が意味づける

 情報化の進展に伴って、さまざまなメディアを通して世界中の出来事を即座に知ることができる半面、「ケータイ」やインターネットなどのメディアを使った、これまでには想像もつかない事件や犯罪が起きたり、最新のメディアを駆使した宣伝や強引な勧誘、詐欺などが社会問題となっている。

 このように「情報」が私たちの生活に多大な影響を及ぼしているが、実のところ「情報」というのは、本来的にあいまいな性質を持っている。また、同じ事柄でも、それを見る人の状態によって、まったく違ったふうに解釈されてしまうことを、その本質としている。

 例えば、「あかぎやま」と言えば、誰でも本県を代表する三山の一つで裾野(すその)が長い山を思い浮かべるに違いない、と考えるだろう。しかしながら、桐生方面、渋川方面、そして伊勢崎や高崎方面から眺める姿は決して同じ山の姿ではない。

 また、「あかぎやま」とはどんな山ですかと誰かに聞かれたら、読者はどのように説明するだろうか。「赤城山という山はなくて、黒檜山、駒ケ岳、長七郎山、地蔵岳、荒山、鍋割山、鈴ケ岳などの総称」と答えたとしても、これでは「あかぎやま」のほんの一部しか説明してはいない。

 「あかぎやま」は、実は多数の植物が繁茂し、シカなどの動物や無数の昆虫たちが生息しているし、覚満淵や大沼・小沼にはまた、さまざまな魚類が生息している。さらに微生物まで考慮したらいくら説明しても説明し尽くすことはできなくなるであろう。

 こう考えてみると、私たちは「赤城山」の「本当の姿」について知っているわけではなくて、自分が理解したようにしか「知っていない」といえるだろう。これは、あらゆる言葉に当てはまることでもある。

 有名な川柳に「幽霊の正体見たり枯れ尾花」というのがある。これは、怖い怖いと思いながら暗い夜道を一人で歩いていると、道ばたのススキの穂でさえ幽霊に見えてしまうという意味である。

 これも私たちの「情報」の処理の仕方の典型を表している。つまり、ある「情報」について「カクカクシカジカの情報」であると判断するのは、いつも「情報」を受け取る側に任されていることを言い当てているからである。私たちが日常経験する「誤解」の多くは、同じ言葉でも相手と同じ内容で理解していないことに起因している。

 情報とは、まさに一人ひとりが独自に解釈し、その人なりの意味が与えられて初めて情報となるものなのである。それでもコミュニケーションが成り立つのは、普通は同じ場面に一緒にいたりして言葉以外の情報を共有しているので、はし(橋)とはし(箸)を明確に区別できるように、言葉の意味を取り違えることが少ないからである。

(上毛新聞 2005年1月7日掲載)