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陶芸家・俳人 木暮 陶句郎さん(伊香保町伊香保)

【略歴】創価大卒。竹久夢二伊香保記念館に10年間勤務後、陶芸と俳句を志す。陶芸で日展入選。俳句で日本伝統俳句協会賞受賞。伊香保焼主宰。NHK学園俳句講師。

ものづくりの心


◎先人の心を学び取ろう

 芸術家には二通りあると思います。それなりの成功を収め、多くの作品を世に送り出して没後ますますその人気が高まる人。同じように成功を収めても、亡くなると忘れ去られてしまう人。北大路魯山人は前者に当たります。作品に高い「精神性」と「美意識」が込められているため、それ自体がある種のオーラを放っていて、観(み)る者、使う者を魅了し続けているからにほかなりません。

 魯山人が自らの料理を盛るのに適した器を創(つく)るために陶芸に手を染めたのは四十三歳のとき。陶芸家としては、とても遅いスタートでした。しかし、彼はみるみる頭角を現し、その名声をほしいままにしてゆきます。その魯山人が好んで用いた言葉に「坐辺師友」があります。芸術を見る目を鍛えるために、先人たちの遺のこした格調のある美術品を常に身辺に置いて自由にその心を学び取ってゆくという意味です。

 陶芸の師を持たない魯山人にとって、それが最上の陶芸修行だったのかもしれません。縄文時代よりつながる美しいものを創りたいという願望、指先に宿る本能的な欲望に素直に耳を傾けたのが魯山人だったのではないでしょうか。彼の没後四十五年、日本は劇的な変化を遂げましたが、彼に対する関心はますます高まりを見せるばかりです。

 大量生産、大量消費の時代が終わりを告げた今、本当の「ものづくり」とは何かを考え直すときにきています。究極のコストダウンを図って大量に作られたものが失ったのは、「美意識」と「精神性」だと思います。

 日本の「ものづくり」の起源は縄文時代。縄文土器は、その形の独創性において他に類をみません。そこに、火の力を加え、永遠の生命を与えることを発明したのです。これは科学の始まりであると同時に、われわれの祖先が美を追究し始めた瞬間でもあると思います。生きる糧である食料を貯蔵したり盛ったりする器に感情を込めて創り始めたのです。願いや祈りを込めたと言い換えてもよいでしょう。

 そして弥生時代。狩猟から稲作へと生活様式が変わると、創られる土器の形も大きく変化しました。さらに時代が下がって、朝鮮半島などから海外の優れた陶磁器技術が流れ込んでくると、それを日本人の独特の自然観でとらえ、茶の湯の文化とも相まって発展させてゆきます。その一つの成果が桃山時代の「やきもの」にみられると思います。

 われわれは先人から受け継いだ「ものづくりの心」を、その作品を通して取り戻すときにきているのではないでしょうか。もし今、魯山人が生きていて、人々がプラスチックの容器に盛られたお弁当を広げている光景を見たら、さぞかしがっかりすることでしょう。

 私も、「ものづくり」に携わる人間の一人として先人の心を学び、「美意識」や「精神性」を高めるべく日々、人間修行を重ねてゆきたいと思います。そして、いつの日か人の心を打つような、魂のこもった作品を生み出したいと夢を見ています。

(上毛新聞 2005年1月20日掲載)