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独立行政法人国立美術館運営委員 黒田 亮子さん(伊勢崎市連取町)

【略歴】東京大大学院修了。県立近代美術館、県立館林美術館に専門職として約30年勤務。現在、独立行政法人国立美術館運営委員。群馬大非常勤講師。

私立美術館の魅力


◎新しい楽しみ発見して

 今、韓国の文化や伝統が人々の心を魅了しつつあるが、私も昨年の秋、何度か韓国を訪れてその魅力にふれる機会をもった。ソウルの国立博物館が一年後の新館移転準備のために休館前の最後の特別展として、韓国全土から代表作を集めた『高句麗・新羅・百済美術展』を開催していたし、現代美術の新しい動向を紹介する国際展である『光州ビエンナーレ展』の開催、韓国を代表する企業のひとつによる新美術館の開館など、伝統的なものから現代まで、魅力ある展覧会が続いていたからである。どれも興味深かったが、とりわけ心を引かれたのが、最後にあげた新美術館だった。

 企業の創業者の名前とmuseum(ミュージアム)を合わせて《Leeum(リウム)》と名づけられたその美術館は、ソウルの景勝地のひとつである南山の閑静な住宅地の中に、周囲の環境に優しい調和をみせて姿を現しているのだが、控えめなアプローチから中に入ると、洗練された現代感覚にあふれるレセプションホールが広がり、その空間の美しさに思わず息をのむほどであった。

 受付、ショップ、喫茶コーナーが配されたそのホールから、それぞれが気鋭の建築家によって設計された三棟の展示室へと導かれる。一棟は古代からの韓国の伝統美術作品のコレクション、一棟は国際的な視野に立っての現代美術のコレクションが展示され、あとの一棟は子供のための展示室であった。趣の異なるそれぞれの展示空間の中で、作品は安住の地を見つけたように安らぎ、生き生きと、その美しさを存分に輝かせていて、何点かのいわゆる李朝白磁の前では足が動かなくなるほどだった。

 しかし、この質の高いコレクションやそれを生かした建築空間と展示にさらに魅力を加えていたのが、スタッフたちである。受付、ショップ、喫茶コーナー、監視や案内、どの持ち場の人もホスピタリティーにあふれ、来館者を温かく迎えてくつろがせてくれた。また、その表情や動作には美術館への誇りと愛情があった。そして、さらにその背後には、おそらくは心の友として美術を愛しコレクションを続け、またそれを美術館という形で社会に還元しようとした人の、見事な美意識と生きる姿勢が垣間見えるような気がした。ここには美術と来館者への深い愛情が満ちあふれていたのである。

 以前から感じていたことではあるが、公立美術館がどう努力しても手に入れられない私立美術館の魅力はここにあるのではないか、とつくづくと思った。もちろん日本にも、そして群馬にも、魅力のある私立美術館はたくさんある。昨年末に東京のある美術館の二十五周年の集まりに伺ったが、さまざまなリスクを背負いながら果敢に美術の伝導を続けてきたオーナー館長のあいさつの中にあった《Art is for the spirit(美術は精神のため)》という言葉は、人間にとって美術が何であるかを集約した感銘深いものだった。

 美術館訪問のレパートリーの中に、個人コレクションを展示する私立美術館訪問という一日を加えてみてください。美術を愛する友人や先輩の家を訪ねるような新しい楽しみが、きっと発見できることでしょう。

(上毛新聞 2005年2月16日掲載)