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NPO法人たかさきコミュニティシネマ代表理事 茂木 正男さん(吉井町下長根地)

【略歴】高崎工高卒。高崎映画祭事務局長を経て同事務局代表。全国コミュニティシネマ支援センター副委員長。04年6月から現職。NTTビジネスアソシエ群馬社員。

映画の力


◎地域振興につなげたい

 今月二十六日から第十九回「高崎映画祭」が開催され、世界各地で製作された映画七十作品が上映される。映画祭は一九八七年にスタートし、来年で二十回という節目を迎える。そもそも高崎で映画祭を開催する意味は何であったのか、振り返ってみたい。

 八七年といえばバブルのはじける直前。県内の映画環境は地場の映画館が担っていて、高崎、前橋、桐生などの都市部には複数の映画館が営業を続けていた。そこで上映されていた映画は、現在のシネコンが上映している作品とほぼ同じで、大手配給会社の邦画とハリウッド映画を中心とした洋画であった。僕たち自主上映グループはそのころ、盛んに公共施設や映画館を借りてほそぼそとインディーズ作品やクラシック映画の上映を行っていた。

 当時、都内のミニシアターで上映されていたフランスやイギリス映画の話題作などは、いくら待っても地方都市では上映されない、いつになっても見たい映画を待ち続けることに疲れ、そうした中央集権的映画環境に憤りながら、さしたる明確な方針もないまま第一回高崎映画祭を立ち上げた。当然のことながら、上映する映画はカンヌ、ヴェネチアなどの国際映画祭受賞作品であり、深い洞察力で人々の内面を描いていても興行的には芳しくない文芸作品やアート系作品であった。

 あれから十九年たったいま、群馬の映画環境はどう変わったのだろうか?

 九〇年代に始まったシネコンの設立は現在、太田、伊勢崎、高崎合わせて四館・三十八スクリーンと、前橋の常設劇場一館、昨年暮れに高崎にオープンしたミニシアター一館である。その上映作品は邦画大手とハリウッド作品が八割以上を占めている。高崎映画祭が求めてきた文芸・アート系作品の上映枠を拡大すること、つまり豊かな映画環境を創造する取り組みはどうであったかといえば、残念ながら健闘はしつつも満足するものになってはいない。

 豊かな映画環境、つまり見たい映画をいつでも多様な選択肢の中から選べることなど、一つの映画祭や一つのミニシアターだけでは到底できるものではない。それには、地域の映画文化の振興・映画人口の増加と併せて、地域の活性化・振興とが密接につながる必要がある。つまり、シネコンの大きな流れとは別の映画の流れをつくり出していかねばならない。

 中心市街地の空洞化は、地方都市の抱える大きな課題の一つである。映画の持つ力、「映画力」を中心市街地の活性化・振興と併せて考えるところにきている。行政、商工会議所、商店街連盟、映画祭、映画館、アートNPO(民間非営利団体)、大学、美術館などが新たに緩やかに目的を持ちつつ、同じテーブルにつくことが期待される。

(上毛新聞 2005年3月11日掲載)