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前橋工科大学大学院助教授 石川 恒夫さん(軽井沢町軽井沢)

【略歴】早大及び同大学院で建築を学ぶ。ドイツ留学を経て、97年から前橋工科大学に着任。現在、同大学院助教授。専門は建築論、建築設計。工学博士。

個人の様式


◎現実を理想に近づける

 毎年二月から三月にかけて、入試の合間を縫いながら卒業研究(卒業設計)、修士研究の発表会が行われ、学生も教員も緊張したときを過ごす。学生にとっては一年間の研さんの成果を披露するのみならず、大学生活のフィナーレを飾る出来事として位置付けられるからである。全力を尽くしたと晴れ晴れとした顔容の学生もいれば、道半ばで時間切れとなって悔やむ学生がいるのも常ではある。

 苦労したけれども、充実したときを過ごすことができた、と一人でも多くの学生が思えるように、指導教員として、学生の研究を支援したいと思う。

 四年生の卒業研究ゼミの最初に、私はゼミ生一人一人に自伝を語らせる。どこに生まれ、何をして遊んだのか。家族や友人、学校やクラブ活動のこと。そしていつごろ建築への関心が芽生え、本学に入ることとなったのか。できるだけ具体的に語らせるのである。

 まだ二十年ちょっとしか生きていないではないか、と考えるべきではない。あるご縁で私のところに集まった学生が、自らの生い立ちを語ることで、そこにある運命的な必然を発見しつつ、「私」のこだわりを見いだすこと、また互いの言葉に耳を傾けることを通して、他者への、ひいては世界への関心を抱くことは、研究の出発点となることを確信しているからである。

 ドイツ観念論哲学者であるフィヒテの初期の代表作『人間の使命』における命題は、まさに前述した点にあった。すなわち、フィヒテは「私自身は何であるのか、そして私自身の使命は何であるのか」と問うた。そこから彼は自らの自我哲学を展開した。「自我」の働きに対して、それを阻害する働きとしての「非我」を反定立し、自我がそれを乗り越え、完成に向かって永遠に努力することに、人間の生きる意味を見いだしたのである。

 このことを内向的に、観念の中にとどめるのではなく、行為を通して実践していくことは、今日的な課題であると私は考える。

 建築学科の卒業研究の特徴は、自らの考察やアイデアを、色や形を通して、つまり図面と模型を通して表現することにある。誰もが本来優れた構想をもっているのにもかかわらず、それを現実化していく過程で、構造や機能の束縛を受けて、陳腐なものになったと思いがちである。それゆえイデーのまどろみの中にずっととどまっていたい、という傾向を示す学生に対しては、現実の世界に踏み出す勇気を、逆に安易にことを進めようとする学生に対しては、構想、すなわち夢を放棄しない忍耐を持つように励ます。

 この理想と現実の深淵(しんえん)を乗り越え、現実を内的ビジョンに近づけていくことこそ、専門家となるための修練である。ローマ時代の鉄筆に由来する「様式」は、転じて芸術表現の個性を表す概念となった。誰もが今日、個人の様式を持つことになるだろう。「私」の今生での使命を真摯(しんし)に問うのであれば。

(上毛新聞 2005年3月25日掲載)