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県立女子大学教授 植村 恒一郎さん(鴻巣市赤見台)

【略歴】東京都生まれ。東京大卒、同大学院修了。県立女子大教授。哲学者。著書「時間の本性」(勁草書房)により、02年度和辻哲郎文化賞を受賞。

卒業生の講義


◎学生に自らを映し出す

 学年末に、女子大で行っているキャリア科目の学生リポートを読む機会があった。さまざまな職場で活躍する女子大卒業生が交代で教壇に立ち、自分の仕事を自由に語ってもらう授業である。公務員や、金融、販売、放送、美術館、劇団ほか、個性的なフリーの仕事も多く、彼女たちのはつらつとした講義はとても新鮮だった。

 では、それを聴いた学生たちは何を学んだのか。二科目、合計二百枚ほどのリポートには、卒業生の話に共感を覚えながらも、自分についての不安と希望が交錯する様子が書かれている。ある学生は、できればずっと学生でいたい、卒業して社会に出るのは不安だった、と書いている。

 だが、彼女は良い発見をしたようだ。県内には創意ある中小企業が幾つもあり、不況の中で好調な業績を上げていることを知ってうれしかったという。今までは、不況で就職難という一般論しか知らずに委縮していたが、先輩がこんな状況下でこんなふうに働いていることを知って元気が出た、とリポートを結んでいる。

 ある卒業生は、このほど国立博物館で行われた「唐招提寺展」の企画スタッフである。たった六人であれだけの展覧会を企画し、実現するまでの苦労話は圧巻だった。ポスター一つ作るにも、宗教関係者、写真家、印刷技術者の意見の違いに苦労する。作品を運ぶ運輸業者との詳細な詰めも大変だ。展覧会を一つ実現するためには、多くの困難をクリアする「人間力」が必要になる。彼女が小さな子供を育てながら、髪振り乱して展覧会に取り組む姿は感動的だった。

 何人もの学生が、これまで展覧会の入場料は高いと思っていたが、そうでないことが分かり、見る楽しみがずっと増えたと書いている。

 別の卒業生は劇団「黒テント」の女優である。演劇活動だけでは食べていけない。一年の半分はひたすらバイトで生活費を稼ぎ、半分は練習と公演に明け暮れる。アジアやヨーロッパなどの海外公演では、危険なスラム街にある小劇場でも芝居をした。「黒テント」は専門家の評価の高い劇団だが、裕福ではない。その代わり国内公演では、ファンが自宅に泊めてくれることもある。

 こんな役者人生に、学生は驚く。ほとんどのリポートには、好きな道をとことんやり抜く彼女の人生はすごいが、たぶん自分にはできないと書いてある。なんだ、女優といっても、結局はフリーターね、でもこんな人がいるなんてショック、と書いた学生もいる。

 要するに、等身大の先輩の思いがけない日常生活を知って、多くの学生の心に、彼女と自分とは何が違うのだろうという、反省的意識が芽生えるのだ。これがとても重要なことだと思う。キャリア教育は、女優になることを勧めはしない。だが一人の貧乏な女優は、学生の一人一人がそこに自分を映し出す鏡の役割を果たす。自分が映し出されるという、この静かな「とまどい」が学生に与えるものは大きい。

(上毛新聞 2005年3月28日掲載)