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陶芸家・俳人 木暮 陶句郎さん(伊香保町伊香保)

【略歴】創価大卒。竹久夢二伊香保記念館に10年間勤務後、陶芸と俳句を志す。陶芸で日展入選。俳句で日本伝統俳句協会賞受賞。伊香保焼主宰。NHK学園俳句講師。

民俗文化


◎受け継ぎ発展させたい

 ある俳句総合誌の企画で山形県庄内に伝わる黒川能を見にゆくことになった。国の重要無形民俗文化財にも指定されている黒川能は、霊峰月山のふもとに位置する櫛引町黒川の里の鎮守、春日神社の神事能として五百余年もの間、地元農民たちの手によって連綿と伝えられてきた。

 黒川能は毎年旧正月の王祇祭の中で行われる行事で、夕刻から明け方にかけて夜を徹して演じられる。

 早朝、高崎駅で新潟行きの上越新幹線に乗り込み、東京組と合流。総勢六人の俳句旅である。羽越本線に乗り換え一路、鶴岡へ。昨夜から降り続いた雪は約一メートル。庄内は一面の銀世界であった。雪の能、真ま夜よの能などといわれる黒川能への期待がおのずと高まってくる。

 仮眠所となる王祇会館で黒川能保存会の世話役の説明を受け、外へ出ると日はすでに暮れかかっていた。能が行われる民家は上座と下座の二カ所。それも毎年替わり、約七十年に一度回ってくるのだという。われわれは案内役に連れられ、踏み固められた雪道を歩いた。目指すはこよい、黒川能が行われるお宅である。「下座当屋・秋山久右ヱ門」ののぼりが高々と掲げられ、母屋からはこうこうと明かりが漏れていた。

 中に入ると、演者と観客たちの熱気に圧倒された。あめ色に磨き抜かれた能舞台。その上に座り、能の成功を祈って神に手を合わせる役者たち。三十センチ四方に一人というすし詰めの観客席。ほんの少しの空きにひざを無理矢理にねじ込んでやっと座った。能舞台を囲むように二尺もあろうかという大ろうそくをともし、その蝋涙(ろうるい)をときおり若衆が塩を盛ってせき止めている。

 五歳の男児による「大地(だいち)踏(ふ)み」。あどけない表情と舞。しっかりとしたせりふに歓声がわく。「高砂」「田村」など格調の高い能の合間の狂言のおかしさ。せりふは生き生きと独特の庄内弁で発せられる。親から子へ、子から孫へ地域を挙げて伝え継がれる民俗文化にじかに触れた感動は大きかった。駄句ばかりだが、夜明けまでに約五十句を句帳に書き留めていた。俳人はこのような民俗文化を俳句に詠み、残していかなければならないと思った。

 当県でも二百年以上の伝統をもつ「上州白久保のお茶講」が国の重要無形民俗文化財になっているが、そのほかにも、たくさんの守るべき民俗文化が存在する。また、歴史がなくとも土地に芽生えた文化は大切に育てたい。それらを受け継ぎ、守るのは人々の思い入れである。文明は物、文化は人に象徴される。新しい文明にばかり目を奪われがちの昨今、地域に息づく文化を地元の人間がしっかりと受け継ぎ、発展させてゆくことが本当に大切だと思う。

 平成の大合併の流れの中、官の都合で消えてしまう民俗文化があっては寂しい。

 黒川の里に生まれた人々は、与えられた使命を全うするかのごとく、民俗文化を伝承する志を王祇祭、黒川能に注ぎ込んでいた。

 雪の能すすみ蝋涙とめどなく 陶句郎

(上毛新聞 2005年3月30日掲載)