視点 オピニオン21
 ■raijinトップ ■上毛新聞ニュース 
スバルテクニカインターナショナル社長 桂田 勝さん(太田市金山町)

【略歴】東京都出身。東京大工学部航空学科卒。66年富士重工業入社。米国ミシガン大高速自動車研究所客員研究員を経て、常務執行役員、技術研究所長など歴任。

真のスポーツ選手


◎理想へいちずな思い

 仕事柄、「モータースポーツはスポーツですか」とよく聞かれますが、必ず「真のスポーツです」と答えています。WRC(世界ラリー選手権)は、一般道約四百キロを三日間かけて走り、そのタイムを争うものです。雪上で時速二百キロを超えるラリー、五十メートル以上のジャンプが続くラリー、夏の地中海では閉め切った車の室温は六〇度近くまで上がり、ときには脱水症状や熱射病になることもあります。そして勝負を分けるのは一キロ当たり〇・一秒の差です。

 ちょっとでもアクセルを余計に踏めば、コースオフし一気にリタイアですし、少しでも弱気になれば勝ちから見放されてしまいます。この限界の精神状態を三日間、持続させなければなりません。脈拍も二〇〇近くに上がるといわれています。このように厳しい環境の中で全身のあらゆる方向に加わる重力に耐える肉体の強さと、極限状態でも強い精神力がないと勝つことができません。

 二〇〇三年度、スバルで世界チャンピオンになったソルベルグのトレーニングはすさまじく、ランニング、自転車、サーキットトレーニング、さらに反射神経と動体視力を鍛えるシャドーボクシングなどを毎日四時間はやります。鍛え抜かれた肉体はドライビングの精度を増し、厳しい状況に置かれたときにものをいいます。WRCはまさにスポーツそのものなのです。

 このソルベルグと接していると、真のスポーツ選手だと感じます。自分の理想とするドライビング像をはっきり持ち、自分の全人生をストイックなまでにそれに向けている。表面的には「ハングリー精神を持ち続けるチャンピオン」という表現がふさわしいと思いますが、実はもっと深く、理想を追い求めるその精神にその本質があると思います。

 シアトルマリナーズのイチロー選手の言動を報道で見ていると、このソルベルグに重なってきます。バッターとして理想のバッティングを純粋に追っているからでしょうか。今シーズンを迎えて「今年も厚い壁にぶつかることを期待していますし、それを思い、ワクワクした気持ちになります」と言っています。この気持ちがあってこそ本当のスポーツマンだなと思っています。イチローもソルベルグもすごい記録を達成しようが、チャンピオンになろうが、そのこと自体を求めているのではなく、理想のバッティングやドライビングを求めているのでしょう。

 三十年ほど前に世界中でベストセラーになった「かもめのジョナサン」を思い出します。何百万羽のカモメの中で一羽だけ、いかに速く飛ぶかに自分の全人生を捧げたジョナサン。急降下する自分の身体のあらゆる部分を理想の姿勢に合うように鍛え、八十キロを超え、二百キロ、三百キロを超え、限界にまで到達するという寓話ですが、イチローもソルベルグも、このかもめのジョナサンと一脈相通ずるものがあります。スポーツに限らず、どんな分野でも、またどのレベルでも理想に向かって壁を乗り越えたいと思ういちずさが、私たちを高みに押し上げるのです。

(上毛新聞 2005年3月31日掲載)