視点 オピニオン21
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グラフィックデザイナー 木暮 溢世さん(片品村東小川)

【略歴】横須賀市出身、多摩美術大卒。制作会社、広告代理店を経て74年独立。航空、食品など大手企業の広告や、オフコースのジャケットなどを手掛けた。

子供たちの可能性


◎大人は機会を用意して

 片品の子供たちはアルバイトをし、小遣いをためて欲しいものを買いに高崎まで、ときには東京まで行くという。

 私は物心がついたころから、おしゃれをするのが好きだった。欲しいものがあれば、見つかるまで探し回るのを常とした。中途半端な妥協は決してせず、横須賀になければ、東京へも福生へも足を運んだ。

 そんな私の時代と違って、いまは情報があふれ、しかもリアルタイム。片品に本屋はないが、コンビニに行けば物欲刺激マガジンは容易に手に入る。なのに洋服屋すらない。片品の子供たちが簡単に地域のハンディを克服していることを知ったとき、私は心の中で拍手喝かっ采さいを送った。片品の子供たちを応援しようと決めた。

 元オフコースの三人のライブ開催にあたって、前日に高校生のバンドへのバンドクリニックを企画した。いまどき高校にバンドがないとは想像もしていなかったのだが、尾瀬高校はバンド禁止ということだった。何という時代錯誤。大人は子供たちを信じられないのだろうか。

 片品中学校の先生から、秋の文化祭に行われる「弟子入り」という講座でイラストを教えてくれないか、という依頼がきた。村の大人たちがそれぞれ得意分野のことを、希望する子供たちに教えるという趣旨である。私の認識では、イラストレーションは絵画の中の商業ベース寄りのもの。中学生にそれを教えることの意味が私には見つからず、せっかくの機会ならばと、ロゴタイプを提案した。

 親が子供の名前に託した願いや思いを聞いておき、これまでの自分、いまの自分、これから先の夢や希望を念頭において、自分の名前のロゴタイプを作るという案である。気がかりだったのは、おそらく中学生にとってなじみの薄いロゴタイプに興味を持つ子供たちがどれほどいるかだったが、これは杞き憂ゆうだった。二十ほどの講座とのバランスで、私の講座を希望しながら他の講座に回された子もいたという。

 初めは緊張気味だった子供たちも、実際作業に入ると隣同士、前の席、後ろの席の子供と話しながら、のびのびと楽しそうに取り組んでくれた。中には名前にバスケットボールをあしらう子、「ピース」の言葉を加える子もいた。子供たちはしっかり自己主張をしているのだ。

 実は、この「弟子入り」の依頼がきたとき、片品中学校に文科系の部活動がないことを知って驚いた。片品の子供たちは、都市部の子供たちと比べても公平を欠いた現実の犠牲になっている。

 「片品中学に美術部を作ろう」。早速、教育委員会と校長に申し入れ、○五年度から始める方向は決まった。「運動の苦手な子供もいますから」という言葉にはがっかりした。そういうことではないのだ。何でもそろっている今、自分の可能性に気がつかないままでも、とりあえず生きてゆける時代ではあるかもしれないが、何かに興味を持ち、そこに可能性を見つける子供がいれば、その子の可能性は無限に広がるのだ。

 その機会を用意するのは大人の責任。選択肢は多いほどいい。片品の大人こそが地域のハンディを克服しなければならない。

(上毛新聞 2005年4月5日掲載)