視点 オピニオン21
 ■raijinトップ ■上毛新聞ニュース 
君津市国保小櫃診療所所長 提箸 延幸さん(千葉県君津市)

【略歴】前橋市内の病院に20年勤務し、その間、アフガニスタン、アフリカなどで医療救護活動に携わる。近著に「写真で見る海外紛争地医療」(医学書院)がある。

住宅のリフォーム


◎晩年の生活も考慮して

 この原稿を書いている四月中旬、当地の集落では田植えが終了し、夜になるとカエルのゲーゲーという声が平和な雰囲気を醸し出しているが、テレビでは正反対に中国各地の反日デモの乱暴狼藉(ろうぜき)を報じている。そんな気分の悪いニュースに続く「定年後の暮らし・五十代のリフォーム」というNHKテレビの五分ほどの取材報道が興味を引いた。内容は団塊の世代といわれる人たちが定年退職を前にして将来の生活様式を考えて、住居をリフォームする人が増えている、という話題であった。

 朝の出勤前の慌ただしい時であったが、この番組に引き込まれた。なぜかというと、病院勤務ではない往診が日課になり、患者さんの家を訪れる機会が増えるにつれて、伝統的な日本家屋が高齢者の住環境としてふさわしくないと考えるようになったことによる。家の多くは、玄関を入って日当たりの良い正面の部屋を床の間あるいは客間に割り当て、一日を寝たきりで過ごす患者さんの多くは残念ながら日当たり、風通しの悪い部屋で過ごしている。

 冬の間、この裏の部屋で診察していると畳に霜が降りているのか、と感じるほど、徐々に足先が痛くなってくる。伏せっている本人は寒くないのかと気になる。同居の人がいれば、日当たりの良い部屋に移すことを婉曲(えんきょく)に提案するが、「そうなんだが、本人が嫌がるだっぺさ」と言う。家人が日当たりの良い部屋に移るように言っても、「お客が訪ねてきて、寝ているのを見られるのは嫌だっぺ」という遠慮が働くらしい。

 それぞれの家はもともと、体が不自由になった夫妻が築き上げたものであるが、家の間取りを考えるときは元気はつらつで、まさか自分が寝たきりの生活になるなど夢想しないので肝心の晩年の生活には不健康で不便なものになっている。

 番組では、内装を明るく替えて室内の雰囲気を変えることや、台所と居間を接近させて夫婦の触れ合いを深める等を提案していたが、「定年後、だんなが家にいるのがうっとうしい」という主婦がいることを除外しても、「そんな無駄な改修はやめてくれ、もっと重大な人生が待っているぞ!」と叫びたくなる。

 晩年の生活も考慮したリフォームは‘自分自身が独居に、あるいは寝たきりの生活になった場合を想定すれば明らかになる。「電動式ベッドが置けて、トイレ、風呂が近く、日当たりが良い部屋」が満たされれば最高であるが、実際にはあり得ない夢物語である。さらに車いすで屋内を移動することを考えるとき、いまだに建築の尺度に使われている尺貫法が立ちはだかる。部屋の入り口、トイレ、バスの間口の狭さが致命的である。新築を計画した時代に戻れればと考えるが、人生の針を逆転することはできない。冷酷である。

 今が一年で最も良い気候のときかもしれないが、最近、年のためか、時間の過ぎるのがいやに早い。あっという間に梅雨、夏になるのであろう。風の通らない、熱気のこもった夏の部屋で汗をかきながら伏せる患者さんの様子を思い出すと、今からつらく、寂しい。

(上毛新聞 2005年4月27日掲載)