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建築家・エムロード環境造形研究所主宰 小宮山 健次さん(赤城村見立)

【略歴】東京電機大工学部建築学科卒。前橋都市景観賞、県バリアフリー大賞など受賞。著書に「1級建築士受験・設計製図の進め方」(彰国社)がある。

建築の命


◎依頼者の希望を生かす

 生き永らえることを許された歴史建築が話題になる一方で、地域に根付くことを見限られてしまう建築があちこちで散見される。未来に向けてこぎ出す箱舟のように夢を託されて建設されたにもかかわらず、「箱物行政」の無策、軽薄の代名詞のように批判のやり玉に挙げられてしまう公共建築などはとりわけ悲惨である。こうした計画に携わる私たち建築家にとって、それは身を切るようにやるせなく、つらい出来事である。

 状況はともあれ、建築を生み出し、あるいは取り壊すことに直接かかわった建築家たちの不見識さや思慮不足に起因するところも大きいだけに、その思いはなおさらである。

 先日の新聞によれば、日本中から公募され著名な建築専門家たちに厳正に審査されたはずの建築案が、行政の執行者が変わり、議会決議が翻ったなどの理由で日の目を見ることなく簡単に破棄されてしまった。民意を反映するという大儀のもとに市民や行政関係者だけで、いわゆる“素人コンペ”を実施した結果、住民からその使い勝手や稚拙なデザイン性が批判されたりすることなども、よくある話だ。

 建築の価値は何をもって評価すべきか、このことについては建築への視点があまりに多様なだけに評価軸を一つにすること自体が難しい。文化への高い識見が培われた成熟した社会環境が形成されない限り、建築にとって人は<敵>と言うべきかもしれない。悲しいけれど波間に浮かぶ小舟のように、「建築」はただただ危うく、はかないだけの存在である。

 しかし、真に優れた建築の<豊かさ>は一目瞭りょう然 ぜんである。言うまでもなく、建築は世界の歴史を語る上で文化としての時代を象徴してきた。時代性に富み、文化の薫り高く、頑強で経済性に優れ、自然と調和し、快適で使い勝手の良い建築…。これらの要素がバランスよく配慮された建築は本当に素晴らしい。こうした建築に出会うにつけ建築が単に技術の産物ではなく、むしろ人の心に訴えかける芸術に近いことも理解される。

 むろん建設には優秀な施工技術が不可欠だが、それもまずは優れた計画があっての話である。さまざまな工夫を凝らし、目的に沿った緻ち密みつな配慮が施された建築の実現は、単に予条件をクリアすることにとどまらない建築家個人の良識にかかっている。

 巨匠建築家といわれた村野藤吾は「依頼者の希望を百パーセント生かさなくてはいけない。そうしても実は必ず一パーセントが残る。その一パーセントにすべてを賭ける、それが村野の建築です」と言った。まるで大地に根を下ろしたように悠然とした彼の建築たちは、いまだに見る者を感動させる力を秘めている。厳しい経済不況が続く現代は建築にとって不遇の時代であるが、だからこそ使い捨てられる消費財であってはならないだろう。

 今求められる建築は生活に深くかかわり、真に愛されるべき価値を秘めた生活者の目でとらえられた建築である。それらは、どう創つくるべきか、あるいはどう在るべきか。まさに建築家の哲学的なモラルに、その生死は委ねられているのである。

(上毛新聞 2005年10月5日掲載)