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群馬大学社会情報学部教授 黒須 俊夫さん(前橋市天川大島町)

【略歴】栃木県真岡市生まれ。宇都宮大卒後、東北大大学院教育学研究科に進学。教育学博士。宮城教育大助手、群馬大教養部助教授を経て、93年から現職。

ユビキタス社会


◎信頼と安全のネットを

 最近「ユビキタス」という言葉を頻繁に目にするようになった。総務省の平成十六年版『情報通信白書』には、「世界にひろがるユビキタスネットワーク社会の構築」という副題が付けてあった。この「ユビキタス」という語は、もともとラテン語で「あらゆる所に存在する」という意味である。インターネットやケータイ等を使って、社会全体で「いつでも、どこでも、だれでも」が必要な情報にアクセスすることができる社会を創つくろうというのが総務省のねらいである。

 こうした社会を構築すれば、時間や場所にとらわれないで働いたり、学んだり、遊んだりすることができるようになるという。

 そして、今日、ケータイで電話だけでなくメールをしたり、株の売買をしたり、買い物の代金を払ったり、自宅の風呂や冷暖房をコントロールしたり、玄関や窓そしてペットの様子を映像でチェックしたり、GPS(衛星利用測位システム)につないでカーナビばかりでなく子供や高齢者の通過の記録や居場所の特定までできるようになっていることを考えると、確かに理想の「ユビキタス社会」が間近に迫っているかのように見える。

 しかし、今、わが国で頻発しているインターネットやケータイを使った詐欺や出会い系サイトでのさまざまな事件、企業保有の個人情報の流出、わいせつ画像のはんらん等を見れば、「光は常に影を伴う」ことを実感せざるを得ない。

 そこで、あらためてユビキタスネットワーク社会の基盤をなすインターネット等のIT(情報技術)に内在する本質的な問題について考えておくことが必要と思われるので、気付いた点をいくつか紹介しておきたい。

 (1)インターネットの情報は、電源をオンにしないと見えないし、オフにすれば即座に消えてしまう「バーチャル」な情報である(2)電源をオンにして現れる映像は、実物そのものではなく、私たちの身体が直接触れることができないものである(3)インターネット利用者が増えれば増えるほど情報がはんらんし、それらの情報が事実かどうかの判断がますます困難になってくる。そして何よりも、(4)これらのIT機器はあくまで生活のための道具でしかない。

 これに対して現実社会の私たちは、誰かによって電源をオン・オフされるものではないし、同じ時間に同じ場所を共有しつつ人間的な触れ合いを通して生活を営んでいるのである。つまり、私たちは同所性と同時性という基盤の上での共同作業を通してのみ、仲間や他者との心の通ったコミュニケーションができるようになるのである。

 ユビキタスネットワーク社会は、一見、便利さと無限の可能性が潜んでいる社会であるとの錯覚に陥りがちであるが、その実は使い方一つでどうにでもなる危険な道具の世界なのである。今、私たちにとって必要なのは、現実の自然や人々の直接的触れ合いを豊かに保障する信頼と安全のネットワーク社会の構築ではないだろうか。

(上毛新聞 2005年10月31日掲載)