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県立女子大学教授 片桐 庸夫さん(新町)

【略歴】慶応大大学院法学研究科博士課程修了。法学博士。専攻は国際関係論、外交史、政治学。著書『太平洋問題調査会の研究』で04年度吉田茂賞受賞。

新町紡績所


◎広げよう保存への運動

 九月十七日、多野郡新町の住民有志を中心として「よみがえれ!新町紡績所の会」が結成された。目的は、近代の産業遺産である新町紡績所の保存、国の史跡指定、そして世界遺産登録を順次目指すこと、そのための住民運動を広く盛り上げることにある。

 新町紡績所の価値は、明治十年に建築された建物が80%から90%くらい原型をとどめていることにある。

 その意義は、富岡製糸場が明治五年にお雇い外国人によって造られたのに対し、新町紡績所の場合には、富岡製糸場の建設からわずか五年後の明治十年に、日本人の手で作られた日本で最初の近代的な洋式工場であることである。

 日本は、非白人の国・プロテスタントの倫理を持たない儒教国であるにもかかわらず、明治維新以降、急速に近代化を果たし、日清・日露戦争、第一次世界大戦に勝利するなどの快挙を達成した。そして、白人の植民地支配を受けるアジア・アフリカの人々に大きな希望を与えたのである。

 なぜ日本人は近代化に成功し、白人と肩を並べる、いやそれ以上の先進工業国となれたのか。アジア・アフリカの人々は、今でもそうした疑問をいだき、自国発展のための示唆を得ようとしている。

 そうした疑問を解く鍵は、まさしく新町紡績所にある。非白人の国で世界最初に近代化に成功した国・日本。そして、その原点としての新町紡績所。それだけをもってしても、世界遺産の価値がある。

 しかしながら、現在新町紡績所の置かれた立場は微妙である。それは、新町紡績所を所有してきたカネボウが産業再生機構の下に置かれ、同機構がカネボウの売却先の絞り込み作業中であること、今後新たな買収先が決まり、その企業が近代の産業遺産の解体、新工場の建設を決定することにでもなれば、貴重な遺産の喪失という事態が憂慮されるからである。

 世界遺産としての価値を持つ近代の産業遺産を保存し、活用することは、地域住民が文化的に、心豊かに暮らすという意味で住民自身のためである。郷土・群馬の誇りでもある。同時に、日本に限らず、人類全体のためでもある。

 私たちが手をこまねいている間に産業遺産が失われることにでもなれば、それこそ私たちの見識が問われることにもなりかねない。

 新町は、高崎市と合併する。その高崎市は、映画『ここに泉あり』で知られるように、経済的困苦の時代から群馬交響楽団をはぐくみ、高崎経済大学を持ち、映画祭を催すといった文化都市である。そういう意味で、新町が高崎市を合併先としたことは、期待の持てる選択であったと思われる。

 県内には国宝がない。その代わりというわけではないが、子供たちの未来のためにも本県に世界遺産を残せるよう努めなければならない。それには、「よみがえれ!新町紡績所の会」を核として、当面の緊急課題である新町紡績所の保存に向けた運動を市町村、県、国という枠を超えて広げることが緊要である。

(上毛新聞 2005年11月7日掲載)