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建築家・エムロード環境造形研究所主宰 小見山 健次さん(赤城村見立)

【略歴】東京電機大工学部建築学科卒。前橋都市景観賞、県バリアフリー大賞など受賞。著書に「1級建築士受験・設計製図の進め方」(彰国社)がある。

建築とのかかわり


◎優しさを手向ける時代

 隣町に在住のH先生はご高齢であるが、「大先生」としていまだ現役で診療を続けておられる町の名医である。先日も声を掛けていただき、ご自宅を訪問する機会があった。先代が建てられたという住まいを兼ねた医院は明治・大正期に建設された瀟洒(しょうしゃ)な木造建築で、百年余の時代を経ても先生と同じくかくしゃくとして深い趣と風情を醸している。

 窓辺から廊下の隅々に至るまで丁寧に掃き清められ、かつて先生のお母さまが愛用され、油彩画を描かれていたという個室などは画架の脇に置かれた絵の具のチューブがつい先日使われたかのように精彩を放っている。それは、時だけが刻まれる空間なのだ。当時はひときわモダンだったであろうコンクリート壁の一部にはツタがはい、端正に植樹された周囲の樹木たちの緑にまぎれて、あたかも静かな息遣いが聞こえてくるかのようである。

 この建築は人に護(まも)られ愛されてきたからこそ、共に生き続けられたのだろう。人と同じように、いつか老いて朽ちる時はやって来るのだろうが、優しくいたわり見守ってもらえる環境さえあるならば、建築にとっても生きることへの希求はまさに永遠というべきである。彼らがそんな願いを持ち続けられる環境づくりには、かかわる人たちの優しさが不可欠である。

 石の文化の中で生まれた建築たちと違って、木の文化の中で生まれた日本の建築たちはことさらに繊細で、むしろ脆弱(ぜいじゃく)ですらある。だからこそ、いたわりや思いやりの心が必要なのである。私たち建築家にとっては、世に生まれ出た建築が嫁ぐ娘のようにいとおしいのも、彼らに宿る生命を感じるからである。

 事実、彼らは私たちの生活と共にあって四季の変化にすら呼応してさまざまな表情で心を癒やしてくれてきたし、生き続ける老いた建築たちに至っては、年輪のように深く刻み込んだ日常の歴史を幾重にも重ねながら、若い建築にはおよびもつかないほどに深い威厳をもった表情で私たちの心に響く。それは家族の中の祖父母や曾祖父母たちが家族の歴史をたたえる無二の存在であるのと同じように、いわば私たちの心の故郷でもあるのだろう。

 相手への優しさは自らの弱さを認めるところから始まる。いわば「優しさ」と「弱さ」とは裏表の関係にあるともいえる。弱い立場の人たちと真の優しさで心を一つにするためには慈悲とか慰めとかではなく、対等な立場で互いの存在を認め合えるだけの豊かな心が必要である。建築とのかかわりも、まさに年老いた人たちとのかかわり方に似ている。建築も環境次第で、その命はあまりにはかない。スクラップアンドビルドと呼ばれた建築の消費社会が失墜して久しいが、厳しい時代を背景にいつのまにか本格的な高齢化社会を迎えている。

 そんな時代だからこそ私たちは「優しさ」の原点をあらためて問われるのだろう。お年寄りたちに接するのと同じ心で、自らがかかわる建築にも真の優しさを手向けるべき時代が到来している。

(上毛新聞 2005年11月9日掲載)