視点 オピニオン21
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グラフィックデザイナー 木暮 溢世さん(片品村東小川)

【略歴】横須賀市出身。多摩美術大卒。制作会社、広告代理店を経て74年独立。航空、食品など大手企業の広告や、オフコースのジャケットなどを手掛けた。

片品のこれから


◎「住んでよかった」村に

 東京赤坂から片品村に引っ越して一年少々の私が「視点」に意見提言をとの話に一も二もなく飛びついたのは、私の自己顕示欲に加えて、やはり文章への興味を外しては考えられない。第十三期オピニオン委員の顔ぶれが発表になったときには、一デザイナーがとんでもない安請け合いをしてしまったかもしれない、と思ったのも偽らざるところであった。

 背伸びする必要はない。日々の暮らしで感じたこと、考えたことを、身の丈に合った言葉で書けばいいのだと自らに言い聞かせ、これまでに六本の拙文を紙面に載せていただいた。振り返ってみると、批判に終始したように感じなくもない。せめて最後の原稿は、これからの片品村での夢を書きたいと思ったところで、はたと筆が止まった。

 私は住環境としての片品村をとても気に入っている。空気はきれいだし、水はうまい。あふれるほどの緑が四季折々、表情と色を変える。歩いても十分ほどで行ける牧場に広がる大きな空には、晴れた夜、文字どおり満天の星が降る。なかでも、村全体に真っ白い雪が降り積もる冬景色は、もっとも好きな風景である。しかし、それは人事を除いた住環境としての片品村なのだ。

 片品村の人事の面に考えを巡らすと、いろいろ複雑な思いも交錯する。引っ越してわずか二年五カ月の間に、なぜ、どうしてと思うことを数え上げたら切りがないほどである。十人十色、人それぞれを、私はわきまえているつもりであるし、地域、環境の違いで、異なる考え方や感覚が生まれるのも理解はしているつもりである。それにしても、なのだ。

 なかでも、片品移住以前には意識にも、耳にもしたことのない言葉に、「補助金」と「よそ者」がある。何かを始めようとするとき、どこから補助金がもらえるかの話題からスタートすることには、驚きを超えて怒りさえ覚えた。戦後六十年、積み重ねられてきた補助金行政の結果も含めてできた八百兆円にも上る負の遺産を、理不尽にも押し付けられた世代の人は「ノー」と言っていい。拒否する資格はあるはずだ。

 片品村には、私のようなよそ者が逆立ちしたって出てこない、長い時を引き継がれ、これからも残してゆく価値のあるものがある。一方、よそ者には、外の世界で身につけてきた知識と視野がある。どちらもうまく生かせば、片品の明日につながる財産であり、しかも、片品を思う気持ちは共通なのだ。他の地域との境界は行政に任せればいい。心の中の線引きなど必要ない。

 そもそも、私が書いてきた批判に終始したように感じる拙文も、住んでよかったと思える村、風通しのよい村になってほしいという強い思いが心の奥にあってのものなのだ。そう、私は貴重な紙面をいただいて、夢を語ってきたのだ。何度か書いてきた言葉をあえて繰り返そう。一人一人がどう生きるかが、結局は村としてどう生きるかを決めることになる。これは決して夢ではなく、現実なのだ。

(上毛新聞 2005年11月10日掲載)