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文芸評論家・筑波大学教授 黒古 一夫さん(前橋市粕川町)

【略歴】法政大大学院博士課程修了。92年から図書館情報大(現筑波大)に勤務。大学院在学中から文芸評論の世界に入る。著書、編著多数。

自閉傾向強める若者


◎読書で豊かな想像力を

 大学教師という職業は、多くの職業の中でも、時代の意識や流行に敏感な二十歳前後の青年(学生)と日常的に接する職業の一つである。そんな職場環境にある者から昨今の若者たちのありさまを見ていて思うのは、ここ何年か彼らの意識はますます「自閉」の傾向を強めているのではないかということである。

 具体的には、他者(他人、他界、社会など、自分以外の存在)への関心が極端に希薄になってきている、と感じることである。

 よく言えば、個人主義=自立心が成熟してきた結果とも考えられるのだが、夏休みや冬休みといった長い休暇にも家族の待つ故郷へ帰らない学生や、世界の動向・出来事、例えば「自爆テロ」の続くイラクや「核疑惑」の北朝鮮などにほとんど関心を示さない学生、あるいは現実の政治(例えば先の衆議院選挙)などは見向きもせず、就職活動にきゅうきゅうとしている学生たちがいる。彼らを見ていると、あまりにも「自己中心」的過ぎるのではないか、本当にこのような生き方でいいのか、この国の「未来」はどうなるのか、と言いたくなってしまう。

 おそらく、これはバーチャル(仮想現実)世界と現実生活との境界が不透明=あいまいになっているインターネット=コンピューター社会がもたらした結果なのかもしれないが、他者への無関心は「想像力」の欠如へと連動している。「想像力」の劣化した社会がどうなるか? 他の何よりも大切な「生命(いのち)」が軽々しく扱われる社会になってしまうのではないか。

 「良識ある大人」は、何人もの人間がいとも簡単に生命を落としたり傷ついたりする「ゲーム」の世界に対して、それはあくまでも「ゲーム」の中の世界であって、それが現実と違うことは今どきの若者でも理解していると思っているかもしれない。が、現実に起こっている数々の青少年犯罪や凶悪事件に照らせば、その認識を危うくする現実の中に私たちは生きているのだと思うべきである。そのことに鈍感な自分たち「大人」が「想像力」を欠如させ、他者に無関心な若者たちを再生産している、と知るべきである。

 では、「想像力」の欠如した現代社会を転換するにはどうしたらいいのか。私自身の仕事との関係で言えば、遠回りの方法かもしれないが、ノーベル賞作家の大江健三郎氏が力説するように、言葉によって構築された表現世界=文学作品を読むことによって、自分の知らない世界へ「想像力」を働かせる訓練=習慣を子供の時代から身に付けさせるしか方法がないのではないか、と思っている。

 絵本やマンガだけでなく「物語=もう一つの世界」を読む習慣を付けることで、表層の現象に振り回されず、他者の痛みが分かり、社会は自分一人で成り立っているのではなく「共生=協同」こそ人間社会の本質である、と理解できる「想像力」豊かな人間に育っていくのではないか。読書の秋だからというわけではないが、あらためて本を読むことの大切さを考えるべきである。

(上毛新聞 2005年11月13日掲載)