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東京農工大学名誉教授 鹿野 快男さん(高崎市城山町)

【略歴】東京都出身。明治大大学院博士課程修了。主な専門は磁気回路、リニアモーターなど電磁機器の福祉機器への応用研究。元国立公害研究所客員研究員。

科学文明の中で


◎自然と共存する社会を

 戦後、がむしゃらに歩んできた経済優先の六十年、物質的に豊かになったものの、国も地方行政も借金がふくらんで改革が迫られている。九月の衆議院選挙も改革が焦点であった。また、アスベストにとどまらず、温暖化も急速に進んで、環境がどんどん悪化している。北極海の氷も、間もなく消滅するという予測も出ている。ここで何とかしないと将来が非常に危ぶまれる。では、どうしたらよいのか、科学技術と環境を中心に考えてみたい。

 西洋科学文明がギリシャ時代からじわじわと全世界に広がった。今では全世界で自動車が走り、飛行機が飛び交い、バイオ技術が普遍化している。その過程では、アフリカ、アジア、南北アメリカの固有の文明が破壊され、資源の多くが略奪されてヨーロッパに持って行かれた。

 わが国日本もかろうじて江戸時代に開国し、明治時代となって、西洋文明の後追いを始めた。その結果は先人の努力によって植民地化されることもなく、世界の重要な文明国家として自他共に認められるまでになった。開国以前の日本は野蛮な国であり、大量殺りく可能な科学兵器を持った国家になったら、文明国家になったと言われたという皮肉な逸話まで残している。

 しかし、これは西洋科学文明を基本的な尺度として見た優劣であり、本当にこれが最善の文明なのであろうか。

 アイヌの文化に心が引かれるものがある。森には森の神、川には川の神、山には山の神、この世に存在するものには皆神が宿っているとアイヌの文化では考えられている。人が生きていくときには、これらを借りて生きる。決して破壊するようなことはしない。もう一つ、アメリカインディアンの考え方で、何か大きなことをするには七代先の子孫のことまで考えて実行するという。現代ではこういう考え方は影が薄くなって、目先の利益だけを性急に追い求めてしまっている。

 かつての日本も、自然にとけ込んだ農本主義の国であった。山があり、森があり、川があり、里山があり、村があって、町があった。山も森も川も畑も、大地をもっと大事にしていた。すべてを大地から得て生活し、すべてを大地に返す穏やかな循環社会に生きていた。

 西洋科学文明は富を与えてくれ、科学的な医療技術でわれわれの生命を守ってくれ、あらゆる便利さを与えてくれる。そしてそれは経済活動、人間の欲望と結びつきやすく、全世界に広まっている。しかし、それには必ず二面性があり、欲望を満たしてくれる半面、その代償を払わされることを肝に銘じるべきである。

 地球という自然は、人間に都合の良いように征服し、改良する対象ではないはずである。われわれは自然の中にあって他のすべての生物と共存している。人間の果てしない欲望を満たし続けると、人類の将来はないと思われる。既に明るい未来がなくなりつつあることに皆が早く気がつき、共存が重要なことに目覚めてもらいたいものである。

(上毛新聞 2005年11月14日掲載)