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妙義山麓美術館長 稲川 庫太郎さん(高崎市石原町)

【略歴】21歳で日展初入選。モンテカルロ現代国際グランプリ展入選など国内外で数々を受賞。日本はがき芸術作家文化会長、碓氷峠アートビエンナーレ実行委員長。

戸惑う国民審査


◎人は五感を通して判断

 碓氷峠は風光明美の地として、古くから文人墨客に愛されてきた。この児童唱歌『紅葉』を明治四十四年に作詞した国文学者・高野辰之(長野県生まれ)は、東京帝国大学(現・東京大学)で講義し、故郷の長野と東京を行き来する折、碓氷峠・熊ノ平付近から見た秋の風景を詠んだといわれている。

 四季の彩りを見て、燃え盛る紅葉から落ち葉へと季節の移ろいを見事にとらえたこの名作は、今も歴史(とき)を超えて多くの人々に歌い続けられている。

 自然は画家にとって、モチーフの原点の一つだ。変化に富む楓や蔦、モミジの鮮やかな紅葉。それは松の緑や水の青など寒色と対比されることで、一層の輝きを放つ。光の和やかさや風のささやきと調和する情感。その普遍的真理が独自の詩的空間を生み出す源である。風景と対話することで五感を通して感性を高め、自然の中から新たな発見や息吹を感じとることができる。

 四十数年間描き続けた今、「寅さん」の映画のように主役と脇役が織りなす温かな関係とロマン、人情の機微が伝わるような世界を表現したいと常に念じている。

 さて、芸術は虚構の世界である。虚構の世界であるからこそ、自己の夢や理想を何物にも束縛されず自由に描くことができる。それゆえ、同じ場所で同じ風景を描いても、作家の思想や表現方法の違いで異なった世界や独創的な宇宙が生まれる。

 ところが、本来は自由奔放な芸術の世界でも、審査となると話は別だ。これは大変である。一般的にこの世界では百点とか五十点とか正確な点数をつけることは難しい。

 絵画については写実、具象、抽象画を問わず作品のデッサン力、色彩の調和、構成力などの技法や表現方法などを総合的に判断して、その優劣を決める。しかし、感覚の違いで異なる意見や正反対の評価が出ることは珍しくない。

 従って、そこに群れの哲学とでもいうか、数の論理も必要になる。他分野においても評価や審査は容易でない。審査する側も対象と向き合い、研さん努力に努める必要があるだろう。

 ところで、この審査だが、以前より疑問に感じていることがある。先の衆院選で同時に行われた最高裁判所裁判官の罷免を問う国民審査である。

 制度を廃止した方がよいというのではない。しかし、短い期間に報道機関で紹介され、関心を持とうと努力はしたものの、実際に会う機会は皆無に近く、雲中の山のような存在に対して、どのような判断ができるだろうか。「×」印を書かなければ自動的に信任と見なされること自体、制度の形けい骸がい化をうかがわせるというのはうがち過ぎか。

 人は五感を通して物事を判断し、行動する。その対象を濃霧の中をのぞき込んで判断しなければならないような国民審査に、戸惑いを感じるのは私一人だけだろうか。

(上毛新聞 2005年12月23日掲載)