視点 オピニオン21
 ■raijinトップ ■上毛新聞ニュース 
前橋工科大学情報工学科講師 松本 浩樹さん(吉井町下長根)

【略歴】千葉工業大卒。85年沖電気工業入社、音声処理関連研究開発に従事。3年間、前橋工科大設立準備委員を務め、97年から現職。北関東IT推進協議会委員。

マルチメディアと群馬


◎花開け!都市近郊文化

 「つれづれなるままに」の書き出しで有名な吉田兼好の随筆『徒然草』。鎌倉時代末期には無常観をテーマとした作品が多く見られるが、これもその一つである。などと書き出すと、小生の経歴と重ね合わせて、古典的な文学とマルチメディアの話か何かだと思われる輩も少なからずいるであろう。

 しかしながら、今日のターゲットは彼の作品ではない。吉田兼好そのものである。無常観に包まれたこの時代に、彼は隠者あるいは出家者として晩年を過ごしている。この生き方が、この時代の一つの流行であったようだ。ただし、この流行を当時の人々がどのように受け止めていたのかは分からない。

 現代、ネットワークに接続されたマルチメディア端末の利用を生活の一部としている人々がいる。これも一つの流行である。しかし、この流行は害悪のみをもたらすものと考えている輩も多い。ところで、この二つの流行は全く異なるように見えていて、実はよく似た流行といってよい。そこで、これらの流行の本質を探り、新しい地方文化とこれを担うマルチメディアについて考えてみたい。

 まず、吉田兼好に代表される隠者や出家者たちはどこに住み、何を感じて生きていたのだろうか。彼らは、都の息吹が感じられる程度の山に住み、自分の取捨選択の上で人とも適当に交わっていたようだ。もちろん、社会との隔絶を図り、深山幽谷で心身の鍛練を行った出家者も存在したであろう。しかし、彼の作品を読む限り、彼が何かの修行をしていたとは思えない。彼は、無常観に満ちた時代に、都で仕入れた文化を自分流にアレンジして生活を楽しんでいるのだ。

 一方、現代のネットワーカーたちはどうであろうか。プライベートな生活の中心は、マルチメディア端末を介して最新の情報や都会にふれることであり、ネットワークを介して限定された人々と交わることである。これは新しい地方文化でもあり、都市近郊の文化ともいえる。ここで、これら二つの流行の本質をまとめると、都会の文化にある程度の距離をおきながらもその恩恵に浴しているところであり、ある程度等質な人とのみプライベートを楽しむ生活を送っている点にある。

 この文化がここ群馬で成立しつつある背景は、ネットワークとマルチメディアが、この地から都会までの距離や時間を、兼好の住む地から都までのわずかな距離や時間にまで、縮めることができたことにあるといえよう。ややもすると、人々は社会や組織の歯車となり、自分を殺して生きなければならない状況に陥る。特に都会ではその傾向が強い。両者はそこからの脱却であり、混こん沌とんとした時代には一つのライフスタイルとして望ましいのかもしれない。

 皆さんもマルチメディア隠者となって、上州の街に都市近郊文化を花開かせてはいかがか。

(上毛新聞 2006年1月31日掲載)