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臨床心理士 服部 哲久さん(太田市高林東町)

【略歴】埼玉大学教育学研究科修了。現在は阿部真里子臨床心理オフィス勤務、埼玉県スクールカウンセラー、日本大学学生相談センターカウンセラーを務める。

子供の生活体験


◎人格形成にどう影響

 カウンセラーという仕事をしていて、日々感じている「心の問題」について整理していきたいと思います。この問題を把握するためには「生育体験」というキーワードがとても重要だと考えています。生育体験というのは、生まれ育つ過程で積み重ねていく体験のことで、「現実外界(環境)とどのようにかかわり、そこでどんなことを感じ、考えてきたか」というものです。

 この生育体験は、特に子供(乳児期から成人期に至るまで)の人格形成に大きな影響を与えていて、心の問題の一因となるものと考えています。一概に生育体験といってもさまざまな体験があると思われますので、本稿ではまず「生活体験」に焦点を当てて考えていきたいと思います。

 日本では一九六〇年代半ばごろから、生活をより便利にしてくれるさまざまな物や道具が作り出され、それらが広く普及してきました。このことは、例えば身の回りの電化製品を考えてみると分かりやすいでしょう。炊飯器、洗濯機、電子レンジ、テレビ、ビデオ、エアコンなど。当然、それらのものがなかった時代もあるわけですから、そのころの生活を振り返ってみると、われわれの生活はより便利で快適なものへと変わっているのが分かります。

 このような生活環境の変化に伴って、昔と今とでは子供の生活体験が大きく変わってきています。では、今の子供たちの生活体験はどのように変わってきたのでしょうか。一つは物が豊かになることで、子供たちは我慢しなくても欲しいものは比較的容易に手に入るようになり、不足・欠乏体験が減ってきているといえます。また、より便利で快適な生活環境になることで、苦労・不快体験が少なくなってきていると考えられます。この傾向は年々、加速的に進んでいるように思われます。

 とはいえ、今の子供からすると、このような話はピンとこないのではないかと思われます。なぜなら現在の生活環境は、大人からみたら「便利になった」と思うものであっても、今の時代に生まれ育つ子供からすれば「それが当たり前」という基準になっているからです。今より不便だったころの生活の実体験を持たない子供が「便利になった」と実感するのは難しいでしょう。

 そういう意味で、生活体験の変化と並行して、物事の判断基準や物の見方、感じ方が変わってきているといえるのではないでしょうか。そう考えると、子供の生活体験の大切さがより明確になるのではないかと思われます。

 このように、われわれを取り巻く生活環境の変化に伴って子供の生活体験がどのように変わってきているか、大人たちがもう一度見直すことがとても大切なことだと思います。また、子供の(ころの)生活体験が人格形成にどのような影響を及ぼしているかという視点が、心の問題にアプローチするために必要不可欠な条件の一つではないかと考えています。

(上毛新聞 2006年2月11日掲載)